2020年6月5日号 Vol.376

無意識にやり過ごしているもの
大変革の時代に生きる
Black Lives Matter


医療従事者を中心にしたラリー(6月7日@ユニオン・スクエア、Photo by Manami Fujimori)


ニューヨークのアート界ではここ数年、黒人作家の台頭が目立っている。ざっと思いつくだけでも、シアスター・ゲイツ、ケヒンデ・ワイリー、チャバララ・セルフ、すでにベテランの域に入るケリー・ジェームズ・マーシャル、カラ・ウォーカーら。ウォーカーの、旧ドミノ工場を舞台にした巨大彫刻(真っ白な砂糖を固めた女性像)は、いまでもパブリック・アートのベスト中のベストだ。

昨年のヴェネチア・ビエンナーレでは、アメリカ人作家アーサー・ジェイファの映像インスタレーションが、金の獅子賞に輝いた。ニュース映像や音楽ビデオのコラージュによるジェイファの作品は、小気味よい画面転換のなかに人種問題をめぐる歴史の暗闇が潜んでいる。私たちが無意識のうちにやり過ごしているものを見せてくれる。

MoMAのグレン・ラウリー館長が、今回の「黒人の命も大切だ(BLM)」の抗議活動に対して連帯のメッセージを掲げ、ジェイファの作品を紹介していた。こうした美術館や画廊による連帯表明もまた、いままでにない動きと言えるだろう。大災害を背景にアート界が動いたことはあっても、こと社会問題に対しては中立を守るというのが主流だったからだ。

また、黒人やアジア人の学芸員を積極的に雇い、ディレクター職に女性をもっと登用するといった制度改革は、この1、2年、目立って増えている。変わらないのは、1%のさらに1%といわれる超富裕層が占める美術館の理事会であり、展覧会の大手スポンサーとなるブラック企業の存在だろうか。だが、昨年春のホイットニー・ビエンナーレでは、参加作家の数名が出展拒否という行動に出て、理事のひとりを退陣に追いやった。

この理事とは、「サファリランド」の経営者ウォーレン・カンダースだ。企業名こそテーマパークを思わせる可愛らしさだが、実は、催涙弾や防御兵器の製造元であり、その実態は闇の中。ところが、今回の全米に広がるデモにおいては、警官隊の重厚な装備品や、市民の顔に噴射された催涙ガスなど、大写しの報道によってなにやら身近なものとなった。そのためだろうか、サファリランドはつい最近、これら武器部門を別会社として売却している。企業イメージを守るための戦略とはいえ、何事か人々が行動を起こすことで社会は変わっていく。そんな一例にも思えてくる。

デモ隊の動きも同様だ。ユニオン・スクエアやワシントン・スクエアなど近隣の集会に顔を出し、街を歩いてみたところ、スーパーから出てくる買い物客は立ち止まって拍手し、市バスのドライバーもクラクションを鳴らして景気づけ。やはり何かが変ってほしい、変わるべきだという気持ちは皆同じはずだ。パブリック・シアターなどオフ・ブロードウェイの劇場では、デモ隊にトイレを開放し、スナックや冷たい水を用意している。こうした支援態勢もまた感激ものだ。


オフ・ブロードウェイのパブリック・シアターでは、デモ隊にロビーを開放(Photo by Manami Fujimori) 

一方、ソーホーの旧画廊街は、再びアートの街に大変身。キャンバス代わりとなったのは、デモに乗じた暴徒による商品略奪を防ぐための板張りだが、各店舗やビルの了解を得た上でアーティストたちが思い思いの絵やスローガンで埋めている。いかにもグラフィティといったプロ級のスタイルではなく、素朴な感じであるのがいい。経済再開で店舗がオープンした暁には、板塀ごとアート作品として残す動きもあるようだ。歴史の一断面、いや、私たちがいま大きな変革の時代に生きているということだ。(藤森愛実)

※関連記事:ソーホーに出現したBLMミューラル、アートで示す抗議運動


ソーホーのグリーン・ストリートで制作中のアーティスト長澤伸穂(Photo by Leonard Steinbach, Courtesy the artist, Jessica Higgins, Maxi Cohen, Miriam Novalle, and Stefanie Frank)


ジョージ・フロイドの死を悼むグラフィティの数々(Photos by KC of YOMITIME)





HOME