2019年5月31日号 Vol.350

メト恒例のファッション展
反本流の反骨精神
「キャンプ:ファッションについての覚書」

キャンプ
Gallery View, Part 2. Courtesy The Metropolitan Museum of Art. Photo by BFA.com/ Zach Hilty

キャンプ
Gallery View, Failed Seriousness. Courtesy The Metropolitan Museum of Art. Photo by BFA.com/ Zach Hilty

キャンプ
Jeremy Scott for House of Moschino, Ensemble, spring/summer 2018. Courtesy The Metropolitan Museum of Art. Photo © Johnny Dufort, 2019


メトロポリタン美術館の「コスチューム・インスティチュート」が主催する春恒例のファッション展といえば、毎年、毎年、思いがけないテーマや目を奪う展示によって大ヒット続きである。批評家筋の侃々諤々の論評もシリアスだ。本展もまた例外ではない。いや、これまでとは違う意味で、ベストの展示といえるかも知れない。
テーマはちょっと難しい。展覧会タイトルに「キャンプ:ファッションについての覚書」とあるように、ハイファッションにおける「キャンプ」の側面がフォーカスされている。では、「キャンプ」とは何か。大雑把にいえば「不自然」で「大げさ」、「誇張」された表現を指す言葉であり、簡単にいえば「悪趣味」に通じるもの。そう、ヒトの美意識や感性に関わるものであって、たぶんに時代精神とも繋がっている。
もうひとつ、「キャンプ」という言葉を世に知らしめたのは、1960年代アメリカのカルチャー批評の先駆者ともいうべき故スーザン・ソンタグだった。彼女が「パルチザン・レビュー」誌に発表したエッセイ「キャンプについての覚書」(64年)が、本展のバックボーンとなっている。さらにもうひとつ、ゲイの文化に括られる女装や美的なこだわりなど、いわば反本流の反骨精神が、キャンプには宿っているということだ。
もとより、キャンプとは定義し難いものであり、ソンタグのエッセイもまた58の項目に渡るメモ書きに過ぎない。本展の前半には、これらキャンプ候補として挙げられた美術品の数々が登場する。ルイ王朝時代に遡る華美な調度品やティファニーのランプ、男性ヌードのブロンズ像など。キャンプのダンディズムを代表するオスカー・ワイルドやウォーホル、そしてソンタグ自身のポートレート写真も披露されている。
前半の展示はしたがって、ファッション展というより歴史資料展の趣きだが、この部分を評価する声は高い。こうした導入部があるからこそ、後半のあっと驚く舞台演出が生きてくるというわけだ。床から天井までズラリ2段に並んだコンテナ風のショーウィンドーは、ピンクやブルー、ライムグリーンやパープルに彩られ、会場全体がキャンピィな幻想世界になっている。中央のボックスには、帽子の変形やカツラ、虹色の厚底サンダルなど、奇抜な小物が並び、これまた目を奪われる。
だが、私にとってもっとも目を覚まされた展示とは、前半と後半とを繋ぐトンネル部分にあった。新旧のデザイナー5組によるカプセル展示であり、ポール・ポワレの東洋風プリント柄のアンサンブル(1912年)と、メアリー・カトランズの同様に東洋風なカゴ型スカートと上衣のアンサンブル(2011年)、あるいはバレンシアガの紫色のモコモコドレス(1961〜62年)と、ジェレミー・スコットのオーストリッチの羽飾りに蝶々が舞う同じ紫色のフワフワドレス(2018年)など。
これら新旧の対比を見ているうちに、「ファッションはただ繰り返すのではない。進化するもの」という思いが浮かんできたのである。また、ファッション展といえば、着る人があってこそのドレスをマネキンとともに仮の世界で見ているだけといった印象が強いが、本展では個々のアート作品としての存在感が発揮されている。もちろん、「ファッションはアートか?」の論争をここで蒸し返すつもりはない。ただ、キャンプの心やその時代背景の説明によって、ハイファッションにも脈打っている前衛の精神や態度、挑戦の心意気が、よりクリアに見えてきたということかも知れない。
大御所のデザイナーより若手デザイナーの作品が目立っていることも、本展の特徴のひとつだろう。前述したジェレミー・スコットの場合は、着せ替え人形風マチつきのドレスや肉片が貼りついたようなラテックスのドレスなど、実に15点の作品が選ばれている。舞台衣装やウエディングドレスのデザインで知られるトモ・コイズミのフリルたっぷりのドレスも、多くのメディアが取り上げた。何よりも新しい感性に裏打ちされた展示自体の演出が見事。はや来年の展開にも思いが及ぶ、メト恒例のファッション展である。(藤森愛実)

Camp: Notes on Fashion
■9月8日(日)まで
■会場:The Metropolitan Museum of Art
 1000 Fifth Ave.
■大人$25、65歳以上$17、学生$12、メンバー/12歳以下無料
※NY州居住者およびNY州/NJ州/CT州の学生(要ID)は入場料任意
https://www.metmuseum.org


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