2022年5月27日号 Vol.422

同時代を生きた2人の画家
「ピカソ:青の時代を描く」展
「マチス:赤いアトリエ」展

Pablo Picasso, The Blue Room, 1901, Oil on canvas, 19 7/8 x 24 1/4 in. The Phillips Collection, Acquired 1927 © 2022 Estate of Pablo Picasso / Artists Rights Society (ARS), New York

首都ワシントンにある美術館「フィリップス・コレクション」のお宝ともいうべきピカソの油彩画「青い部屋」。巨匠ピカソの長い画業の中でも、「青の時代」(1901〜04)と呼ばれる絵画スタイルを代表するこの絵は、まだ19歳のピカソが2度目のパリ滞在中に描いたもの。いわば青の時代の出発点をなす一点だ。



絵画表面の分析により、もとは縦長で、顎髭のある男の肖像が描かれていたということが分かっている。同様に、カナダのオンタリオ美術館が所蔵する「しゃがむ乞食女」と「スープ」にも別の絵が隠されているようだ。古いキャンバスの再使用は、珍しいことではない。まだ無名のピカソには、画材の節約の意味もあったのだろう。だが、近年の赤外線調査により、さまざまな新事実が浮上している。

Pablo Picasso, Two Women at a Bar, Barcelona, 1902, Oil on canvas, 31 1⁄2 x 36 in. Hiroshima Museum of Art, Japan © 2022 Estate of Pablo Picasso / Artists Rights Society (ARS), New York

本展は、こうした科学的根拠を横軸に、パリとバルセロナを行き来しつつ、新しい絵画表現を追求した若きピカソの展開を多くの作品例を通して跡づけている。実際、ピカソにとって画布の再使用とは、今描いたばかりの自作をさえも否定し、新たな手法を試みる挑戦の場だったようだ。

画題には、女性像が多い。昨今、オークションで高値を呼ぶピカソの女性像といえば、妻や愛人を描いたものが多いが、青の時代の女たちは、娼婦や女囚、幼子を抱えた母親など、社会の底辺に生きる者たちだ。当時ピカソは、パリの女性刑務所を訪れている。世紀末のバルセロナは、失業者で溢れていた。生きることの悲哀や苦悩が、藍や群青、透明なブルーといったさまざまなシェードの青に象徴されている。

Pablo Picasso, The Soup, 1903, Oil on canvas, 15 3/16 x 18 1/8 in. Art Gallery of Ontario, Gift of Margaret Dunlap Crang, 1983. 83/316 © 2022 Estate of Pablo Picasso / Artists Rights Society (ARS), New York

日本から貸し出された絵画も少なくない。ひろしま美術館の「酒場の二人の女」、ポーラ美術館の「海辺の母子像」、アサヒビール大山崎山荘美術館の「肘を付く女」、愛知県美術館の「青い肩かけの女」、三重県立美術館のパステル画「ロマの女」と計5点。どれも傑作揃いで、日本のコレクションのレベルの高さに驚かされる思いである。

Henri Matisse, The Red Studio, 1911. The Museum of Modern Art, New York © 2022 Succession H. Matisse / Artists Rights Society (ARS), New York

ピカソの青に対してマチスの赤。何ともタイムリーな展覧会がMoMAに登場した。ここでの一点は、同館所蔵の有名作「赤いアトリエ」である。画面には、モデルも、自画像としての画家の存在もない。主役はあくまでも、レンガ色の赤、平面的に塗られた色自体であり、強いていえば、その色の海に浮遊する自作の絵画や彫刻だろうか。

本展は、これら絵の中のマチス作品の所在を丹念に突き止め、「一堂に集めてみました!」という珍しい展示である。「だからどうした?」という気持ちもあるのだが、画中画ではざっくり描かれただけの風景画やヌード画が堂々の姿を現し、画面左下の絵皿まで実物が並んでいるのを見ると、やはり感激せずにはいられない。

「赤いアトリエ」は、帝政ロシアの大物コレクターでマチスの大ファンだったセルゲイ・シューキンが、モスクワの自邸用にと注文したものだったが、先に仕上がった「ピンクのアトリエ」には満足したものの、赤の方はあまりに奇抜な構図と映ったのか、買い上げを拒否したのである。その後、1913年の国際展「アーモリーショウ」でも酷評を浴び、巡り巡ってMoMAが収蔵したのは1949年。その2年後に開催されたマチス回顧展では一転、大きな評価を集めた。その頃、アメリカのアート界では、バーネット・ニューマンやマーク・ロスコら抽象表現主義の画家たちが赤を主体にモノクロームの絵画を発表し、マチスの赤は、そうした作品の先駆とみなされたのである。

すでに見知ったはずの作品でも、今回のような一点集中、しかもゆったりとした展示には、絵画との味わい深い対話が待っている。また、若き日の間借りのアトリエ風景から、晩年、79歳にして描き上げた「大きな赤い室内」まで、マチスの一連のアトリエ画が紹介され、充実の展覧会となっている。(藤森愛実)

Picasso: Painting the Blue Period
■6月12日(日)まで
■会場:The Phillips Collection
 1600 21st St, NW, Washington DC
■大人$16、62歳以上$12
 学生$10、18歳以下無料
www.phillipscollection.org

Matisse: The Red Studio
■9月10日(土)まで
■会場:The Museum of Modern Art
 11 W. 53rd St.
■大人$25、65歳以上$18
 学生$14、16歳以下無料
www.moma.org


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