2018年5月25日号 Vol.326

結びつくアートと人生
巨大で危うい、奇妙な二重性
ウルスラ・フォン・リディングズヴァード

展示風景
FWMの展示風景から、スギ材を使った彫刻と巨大な革ジャン Photo by Carlos Avendaño, Courtesy The Fabric Workshop and Museum

野外アート
Bronze Bowl with Lace, 2013-14 (cast 2017-18) Photo by Tim Tiebout, Courtesy Philadelphia Museum of Art

屋内で
Zakopane, 1987. Photo by Carlos Avendaño. Courtesy The Fabric Workshop and Museum


昨年、創設40周年を迎えたフィラデルフィアの「ファブリック・ワークショップ&ミュージアム(FWM)」。名称にある通り、テキスタイルやシルクスクリーンなど、布地を使った作品制作を奨励する目的で始まったアートスペース(1977年創設)だったが、現在では、内外から招聘されたアーティストが、素材や手法にこだわらず新しい試みに挑戦している。
この春の主役は、ニューヨーク拠点の彫刻家ウルスラ・フォン・リディングズヴァードだ。美術館の3フロアに広がる回顧展形式の展示の中、昨年来、およそ900時間をかけて制作されたという巨大革ジャンが目を奪う。190着もの古いコートやジャンパーが解体され、色味も質感もおかまいなしに継ぎ接ぎされている。一見、ユーモラスだが、青いテープのジグザグには、何やら満身創痍といった感じもある。
巨大だが、どこか危うい。そんな奇妙な二重性は、この作家本来の仕事である木の彫刻にも見て取れる。建物、容器、人の姿——さまざまなものを想起させる抽象のフォルムは、驚くほど豪快だが、壁にかかるレリーフとして、あるいは床から立ち上がる頭でっかちのオブジェとして不意に現れる。ボコボコとしたその表面にはざっくり穴が穿たれ、煤けた風にグラファイトで彩色されている。まるで焼け焦げの木材のようだ。
実際、これらの彫刻は、4x4の角材(杉の木)を電動丸ノコで削り落とし、精緻に積み上げたもの。何百本もの材木がしっかりと組み合わされ、まるで岩石のごときタフな姿を現している。タフとは、物理的な意味ばかりか、継続、繰り返し、執拗さといったフォン・リディングズヴァードの制作意図に潜む彼女自身の意思の強さと重なっている。
フォン・リディングズヴァードは、1942年、ドイツに生まれたポーランド人だ。戦後、共産主義国となった祖国に戻るより新天地アメリカへの移住を希望した一家(両親と子供7人)は、50年にやっと米国受け入れが決まるまでドイツ国内の9つの難民キャンプを転々としたという。物心ついて以来、バラックと乏しい物資の中で育った彼女。捨て置かれたレンガを重ねて遊び、米軍放出の毛布で作られたズボンが一張羅だった。
作家インタビューで必ずや語られる、こうしたキャンプ時代の思い出に彼女の作品の背景を重ねることは、単純に過ぎるだろう。実際、30歳を過ぎてから、シングルマザーとしてコロンビア大でアートを学び、当時、工業素材のミニマル彫刻が全盛だった時代にあえて手彫りの木彫を選んだ。そんな姿勢にも、アートの潮流とは一線を画す彼女の立場が見えてくるようだ。
本格的なデビューは、88年のソーホーでの個展。本展には、当時の代表作「ザコパネ」も登場する。サコパネとは、祖国の地名であり、「ポーランド語をきちんと覚えなかったことは一生の不覚」と語るこの作家には、ポーランド語や兄弟の名前をタイトルにした作品も多い。アートと人生が結びついた彼女の作品は、いま、ニューヨークでも見ることができる。近作を集めた展覧会が、チェルシーのルロング画廊で開催中だ。
一方、フィラデルフィア美術館では、ブロンズと合成樹脂による野外彫刻2点がお披露目されている。通常の角材による木彫の作品をブロンズで型取りした大作は、どっしりと重厚だが、ブロンズ自体の厚みは何と6ミリほどしかないという。上部は繊細なレースのように縁取りされ、樹木の広がりのようにも、天へと向かう炎のようにも見える。内部には照明が設置され、日暮れともなるとブロンズを透かして漏れる灯りがいっそう複雑な表面を見せるそうだ。例えるなら、勝利の松明を灯す聖火台。古参アーティストのあっぱれな勝利である。(藤森愛実)

Ursula von Rydingsvard:
The Contour of Feeling
■8月26日(日)まで
■会場:The Fabric Workshop and Museum
 1214 Arch St., Philadelphia
■入場無料($5寄付奨励)
www.fabricworkshopandmuseum.org


Now, She: Two Sculptures
by Ursula von Rydingsvard
■2019年4月まで
■会場:Philadelphia Museum of Art
 Benjamin Franklin Parkway at 26th St.
■大人$20、65歳以上$18
 13-18歳/学生$14、12歳以下無料
www.philamuseum.org


Ursula von Rydingsvard: Torn
■6月23日(土)まで
■会場:Galerie Lelong & Co.
 528 W. 26th St.
■入場無料
www.galerielelong.com


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