無機質な機械に吹き込む生命
電子音楽のパイオニア
サウンド・デザイナー スザンヌ・チアーニ
ミラノで開催された「Terraforma」でのパフォーマンス（2017年） Photo by Michela Di Savino
ソーホーのスタジオで(1970年代） Photo by Lloyd Williams
無機質な電子楽器に魂のメッセージを伝達し、対話をしながら即興でエレクトロニック・ミュージックの可能性を押し広げる米国人作曲家、スザンヌ・チアーニ。ニューエイジ音楽を代表するアーティストとして、また、電子音楽の先駆者としても才能を発揮するチアーニは、現代音楽のジャンヌ・ダルクだ。
マサチューセッツ州ボストン郊外で、6人兄妹の3番目に生まれたスザンヌ・チアーニは、7歳でバッハやモーツァルトに啓蒙され独学でピアノを始める。演奏と作曲に境界線を引きつつも、同時に、コンピューターがヴァイオリンのサウンドをも生み出す、テクノロジーに次第に引き込まれていく。
作曲を追求する為、西海岸へ拠点を移し、カリフォルニア大学バークレーに入学するが、ここでシンセサイザーの開祖ドン・ブックラと出会う。そして、彼が発明したモジュラーシステム「ブックラ」に衝撃を受け、すっかり人生観が変わってしまう。
「当時、私は自分のことを作曲家だと理解していました。それは自分のオリジナル曲を演奏する機会がなかなか難しいという状況がありましたが、エレクトロニクスを駆使すると、作曲の過程を実際に音を聞きながら、しかも100%コントロールした状況で行うことができる。それはとても満足できるものだったのです。その時からピアノを弾くことをやめ、ブックラの追求に10年間を捧げました」
1974年にニューヨークに引っ越したチアーニは、コマーシャル音楽で新たな道を切り開く。
「その頃はお金がなく、とにかく仕事が欲しかったのです。そんな時、メーシーズのクリスマスCMの仕事に運良くありつけて、それはNYの初仕事だったのだけど、見事に成功し、自分の将来の道を確信したわ」
当時、コマーシャルの仕事は全てニューヨークだったという。「ニューヨークは最高のシンガーとミュージシャンたちが山のようにいるのよ。必要とすれば、スタジオに来て直ぐに完璧なパフォーマンスしてくれる」。その頃のクライアントは、コカコーラ、メリルリンチ、AT&Tだった。オリジナルもCMも、作曲に関して言えばアーティスト性は変わらずとも過程は異なる。
「オリジナルは、目的はなく、自分自身の奥深くにある何かを表現する。逆に依頼されて作る場合は、時間の枠組も含めて、存在する構造の中で機能するものを作るプロセスね。あと、一つ分かっていることは、クライアントは決して何を求めるかを知ることはないってこと。彼らは何が必要なのか最初から最後までわからない。だからプロの私を雇うし、私は彼らに自信を与えないといけない。クライアントの言うことは聞かないということね。それで、もし、それが気に入らないのであれば、『他の作曲家に頼みなさい』って言うわ」
チアーニは、こうした流れから、1977年にCM音楽などのプロダクションを行う「Ciani / Musica, Inc.」、1987年に音楽出版会社「Musica International」、さらに1994年にレコードから映画までを制作するマルチメディア制作会社「Seventh Wave Productions」を設立し、企業家としても成功を収める。
様々な顔を持つ才女は、これまで数え切れないほどのコマーシャル、ビデオ・ゲーム、映画を手掛けたが、全曲オリジナルでソロアルバムを15枚もリリースし、さらにグラミー賞に5度もノミネートされている。
しかし、最近は以前よりかなり仕事の量も減り、ずっとシンプルになったという。現在は、北カリフォルニア州の田舎にスタジオ兼用の自宅オフィスを構え、思う存分、創作と制作に没頭しているそうだ。
そんなスザンヌ・チアーニが、6月2日(土)、ブルックリンの教会でコンサートを行う。今回は70年代から二人三脚を続けている「ブックラ」で演奏する。この電子楽器には、スイッチ、スライダー、ケーブル、メーター、LEDが無数にあるものの鍵盤すらない不思議な楽器だ。ブックラと対話し、即興演奏を行う。またサウンドもステレオではなく、4チャンネルで出力する。
愛と優しさに満ちた旋律とサウンドでファンの心を魅了するスザンヌ・チアーニ。彼女の音楽は深く心に響き、宇宙に広がる無限の可能性を秘めている。(河野洋)
Ambient Church: Suzanne Ciani
in Quadraphonic Sound
■6月2日(土)8:00 pm
■会場：Bushwick United Methodist Church
1139 Bushwick Ave, Brooklyn
■$25〜（Sold Out）
※5月21日現在「Wait List」受付
■ambient.church/work/suzanne-ciani
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2018年5月25日号 Vol.326