2018年5月11日号 Vol.325

3.11震災後に生じた断絶
闇から希望を見いだす力
「部屋に流れる時間の旅」


脚本・演出を務める岡田利規(チェルフィッシュ主宰)


(左から)本田真穂、篠原憲作、川久幸


「ねぇ、覚えてる?みんなで揺れがきた時、何してたか…。そこが、どんな風に揺れたかって話…しあったでしょ?」と、男に語りかけるひとりの女。舞台「部屋に流れる時間の旅」は、東日本大震災から1年後の物語だ。
岡田利規(おかだ・としき)率いる劇団「チェルフィッシュ」と、海外8都市のプロデューサーが共同制作した同作は、京都で初演後、ヨーロッパ各都市をツアー。今回、米国内外から国際色豊かな新作を上演する「プレイカンパニー」がプロデュース。演出にダン・ローゼンバーグを、翻訳に小川彩を加えた新演出(英語上演)が、アメリカ初上演される。

「小学生の時に、テレビでジョン・ヒューストンの『アニー』を見て、こういうのをつくるの楽しそうだ、と思いました。中学生の時に、ベルナルド・ベルトリッチの『ラスト・エンペラー』を見て、こういうのをつくる人になれたらいいな、と思いました」と、振り返るのは劇作家・小説家の岡田氏。横浜で生まれ、東京圏を拠点に活動を続けていた。
「福島第一原発の事故が理由で、熊本に転居しました。初めて『東京』を離れたわけです。これによって起こった一番大きなことは、東京が『相対化』されたこと。そして、東京で暮らすストレスへの耐性が下がりました(笑)」
東日本大震災がきっかけとなり、岡田氏の演劇観は変化したという。「これはそのごく一例ですが、社会の分断を強烈に感じるようになりました。世界的にも、例えばアメリカでは2016年以降、それが大きな問題として顕在化されたように見えます。けれどもわたしにとっては2011年から、そのことが大きな問題となりましたし、今でもそうです」
確かに、イギリスのEU離脱、「自国優先」のトランプ政権など、世界は分断し、ローカル化していくように見える。
同作は、震災後、社会の断絶・分断が生じる以前の個人の心の葛藤や恣意的な感情を細密に見つめる。
「日本を離れて暮らしている人は、日本を『相対化する視点』を獲得しやすいですよね。そういう方が同作を見たときに何を感じ、何を想起するのか、興味があります。ニューヨーク版の演出家であるダン・ローゼンバーグさんは、僕の戯曲をこれまでに3作品演出してくれたことがあり、とても理解してくれています。彼がどんな舞台をつくって、ニューヨークの観客に見せてくれるのか、僕もとても楽しみにしています。観劇された方には、上演を『経験』してもらえたら、そして、そのとき自分の中に生じるもの(例えば何かを思いだしたり)を経験してもらえたら嬉しいですね」

物語に登場するのは、ひとりの男とふたりの女。
川久幸(かわひさ・ゆき)は、未来への希望に満ちあふれる女性、「部屋に流れる時間の旅」の、その部屋に住む妻、帆香(ほのか)を演じる。
「震災1年後の日本という設定、別れへの葛藤や虚無感などを主題としているため、どうしても感傷的な作品になりがちです。ですが、それらの感傷を削ぎ落し、いかに素直に、作家が思いを込めて書いた言葉を口にできるか、『希望』を観客に伝えられるかという部分に重点を置いています」と話す。また、日本人パフォーマーが、アメリカ人演出家の元で英語で演じることも、様々な万国共通の感情を共有する機会になるという。「ただ、日本人として、口にするのをかなりためらった台詞が、ひとつあります。どの台詞かあえて言いませんが、観ることで感じてもらえればと思います。帆香の、希望にあふれる気持ちが、みなさんに伝わればと思っています」

篠原憲作(しのはら・けんさく)は、過去を背負って一人で暮らす男、一樹を演じる。ある出会いの中に人生の変化を求め、一歩を踏み出そうとする。
「普段は振付家・ダンサーとして活動しているので、外国語で演技すること、演劇制作の環境に慣れること、普段よりも多い公演回数などは、僕にとっても大きなチャレンジでした。また、これまでのダンス活動が自らを支えてくれる面と、逆にそれが先入観を生み出してしまうという難しさもありました。岡田さんの深みのある脚本、日本人なら誰もが知っている大震災に取り組むことは、難しさと同時に大きなやりがいでした」。もっと日本発の作品や、日本人による舞台活動が世界に広がって欲しい、「日本」がスタンダードになり、多様な芸術文化の中に溶け込んでいけたら…と話す篠原。「日本語・日本文化のもつ美しさが英語になっても伝わることを示してくれる素晴らしい作品です。劇場でお会いできるのを楽しみにしています!」

本田真穂(ほんだ・まほ)は、一樹に会うため部屋を訪れる女、ありさを演じる(後に一樹の恋人になる)。
「今回は、『えっと』など、英語でのニュアンスが難しいセリフをどう演じるかということに苦労しました」と笑う。だが、素晴らしい翻訳に助けられたそうだ。
「自分の過去、現在、そして未来という時間と、その時間にまつわる大切なものにどう向き合っていくのか…誰にでも個人的な葛藤があるのではないかと思います。言語も文化も制作チームも俳優も全く違うニューヨークで、日本発の同作はどのように解釈されるのでしょう。観劇後、みなさまのご感想をお伺いできれば嬉しいです」

震災直後、人々には哀しみや不安だけではなく、「世の中が良くなる」という希望もあった。未来への望みを持ったまま、死を迎えた幽霊が紡ぐ希望。対照的に、もはや希望を持つことなど不可能に思える今を生きる者。人間は、心のトラウマから光を見いだし、変化に対応して生きることができる、というユニバーサルなメッセージも込められている。

Time's Journey Through a Room
■5月10日(木)〜6月10日(日)
■会場:the A.R.T./New York Theatres
 Mezzanine Theatre:502 W. 53rd St.
■一般$35(プレミア$45)
 団体(10人以上)$15、学生(要ID)$15
■チケット購入:playco.org Tel:866-811-4111

★割引プロモーションコード Special30



HOME