2018年5月11日号 Vol.325

政治・歴史・環境問題など
社会意識に根ざしたアート
「メル・チン:オール・オーバー・ザ・プレイス」


Mel Chin, Our Strange Flower of Democracy, 2005


Mel Chin, 9-11/9-11, 2007. All photos Courtesy the Queens Museum. Photo by Hai Zhang


80年代前半よりニューヨークで活躍し、近年はノースカロライナを拠点に多彩な社会派アートのプロジェクトを展開しているメル・チン。彼のニューヨーク初の回顧展は、小粋なファッションショー「フリント・フィット」コレクションで幕を開けた。目も覚めるようなブルーの水着やカーキ色のラフなレインコート。=表紙写真=これらが実は、ペットボトルのなれの果てだとは、誰が想像しただろうか。
背景にあるのは、ミシガン州のフリントで続いている水道汚染である。修理のままならない古い水道管から溶け出す鉛公害で、住民はいまも飲料水から炊事、歯磨きにいたるまでペットボトルの水に頼らざるを得ない。廃棄される空ボトルの数も膨大だが、チンの音頭で約9万本が回収され、ポリエステル素材にリサイクル。さらに、ミシガン出身の新進デザイナー、トレイシー・リーズの協力を得て、水にまつわる機能的なファッションが生み出されたというわけだ。縫製はもちろん、地元産業の活性化を図るべく、フリントの人々に託されている。
アートにPR戦略やブランディングを持ち込み、経済効果も考慮した上で長期戦のプロジェクトを誘導する。チンはこれまでも、ハリケーン後のニューオーリンズや過疎化する一方のデトロイトなど、全米各地で地域ぐるみのアート活動を実践してきた。多くの組織や人々との協働作業を支えているのは、何といっても彼の説得力ある語り口、チャーミングな人柄だろう。アイパッチの片目をトレードマークに、恰幅のいい体をスーツに包み、どこかカリスマ的貫禄が漂う。
チンは、1951年、ヒューストンで食料品店を営む中国移民の両親のもとに生まれた。父親は、差別や暴力など厳しい環境の中でも地域の貢献に努め、人望を集めたという。チンの強い社会意識は、そうした生い立ちに出発点があるのだろう。当初は、ワイエスばりの風景画を描いていたが、83年、ニューヨークにやってきて、ルールに縛られないコンセプチュアルなアートに開眼。90年代に入り、人種や性別など自分探し的なアートが隆盛する中、チンの関心は政治や歴史、マスコミ、環境問題など、より大きなテーマへと移っていく。
本展には、寄木や竹細工などアジアの伝統工芸を応用した巨大彫刻から、アニメやビデオゲームを駆使したメディアアート的展開まで、実に幅広い作品が紹介されている。過去のプロジェクトについては、資料展示的な側面も強い。中でも特筆すべきは、90年代後半に人気を集めたTVドラマ「メルローズ・プレイス」での活躍だろう。チンは、番組プロデューサーの依頼を受け、美大の学生を中心とする「ガラ・コミッティー」なる匿名集団を率いてドラマのセット作りを担当。フェイクなアート作品を並べたり、家具やベッド用品などすべての小道具に何かしら過激なモチーフを入れ込んだり。そんな介入アートが約2年に渡って続けられた。
ところで、本展会場のクイーンズ美術館といえば、ニューヨーク市の大パノラマで有名だ。このパノラマにはいまもツインタワーが残っているが、チンの2007年のアニメ作品「9-11/9-11」を見るなら、ここより他にふさわしい場所はないだろう。28年の時を隔て、奇しくも同じ日に起こったニューヨークのテロと南米チリのクーデター。そんな二都物語に愛と暴力とが絡み合う。さらに、ティファニー・ランプのコレクションが並ぶ常設ギャラリーにも、チンの特製ランプが紛れ込んでいる。
神出鬼没の活躍は、館内ばかりではない。彫刻「シグナル」が、ソーホーの地下鉄駅に登場し、一部の路線では、作家の言葉やサウンドが車内放送で流れるようだ。また、7月中旬からは、難破船の舳先を模した巨大彫刻とAR(拡張現実)アプリを使ったインタラクティブアートがタイムズ・スクエアにお目見えする。この夏、チンの存在は文字通り「オール・オーバー・ザ・プレイス(そこらじゅう)」に見られるが、不正や格差、環境汚染など社会意識に根ざしたアートの発露は、いたるところにあるということだろう。(藤森愛実)

Mel Chin: All Over the Place
■8月12日(日)まで
■会場:Queens Museum
 Flushing Meadows Corona Park, Queens
■大人$8、シニア$4、18歳以下無料
www.queensmuseum.org


★関連プロジェクト
●Signal :5月13日(日)から
 会場:地下鉄Broadway-Lafayette Subway駅
●On the Web: Soundtrack :5月13日(日)から
 会場:地下鉄1/5/7/E /Fライン
●Wake and Unmoored:7月11日(水)〜9月5日(水)
 会場:Times Square


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