2022年4月29日号 Vol.420

新演出の舞台はアメリカ
社会の歪みに焦点
オペラ「ランメルモールのルチア」

Javier Camarena as Edgardo and Nadine Sierra. Photo: Marty Sohl / Met Opera

今シーズンの新演出(新作を含む)の第5弾、「ランメルモールのルチア」が、オーストラリアの若手サイモン・ストーン(1984年生れ)の演出で生まれ変わる。

ストーンは、演劇、映画の演出家、作家、俳優と多岐にわたって活躍中。原作では、17世紀スコットランドを舞台に家の存続のために兄から政略結婚を強いられ、結婚式の後、花嫁衣裳を纏ったルチアがナイフで新郎を刺し殺して、血だらけになったナイフを片手に狂乱のアリアを歌い、息絶えるというストーリー。

しかしストーンの演出は、舞台を現代アメリカのとある地方都市ラストベルトに設定し「自由市場資本主義の荒れ地」を表現、虐待、麻薬中毒など現代のアメリカ社会の歪みに焦点を当てている。

ルチアの恋人エドガルドは、職が見つからず軍に入隊して外国に駐屯中、ルチアとはフェイスブックでやり取りをしている。虐待的な兄から金目当てに結婚相手を決められ、精神的に追い詰められていくルチア。



ルチアに扮するネイディーン・シエラ(1988年フロリダ出身)は、16歳で「ヘンゼルとグレーテル」の眠りの精でオペラ・デビューを果たし、2015年「リゴレット」のジルダ役でMETデビュー。ルチアの狂乱の場の超絶技巧のコロラトゥーラを駆使したアリアは大得意! 現代版ルチアに相応しい若さと容姿を武器に超難役に挑む。

恋人のエドガルドを演じるハビエル・カマレナは、メキシコ出身のテノール。ハイCを駆使した「連隊の娘」のトニオ役では、拍手が鳴りやまずアリアをアンコールするという、METではパヴァロッティ以来の偉業を成し遂げたことで一躍有名に。

指揮のリッカルド・フリッツァは、イタリア・ベルカント・オペラを得意とする。この現代版演出とドニゼッティのベルカント旋律の融合をどう料理するか、期待が高まる。

また、リジー・クラカンの舞台美術、アリス・バビッジのコスチューム、ルーク・ホールズによるプロジェクションにより、これまでに無い物語の世界が展開される。(LAオペラと共同プロダクション)

A scene from Act I of Donizetti's "Lucia di Lammermoor" with Javier Camarena as Edgardo and Nadine Sierra as Lucia (on screen). Photo: Jonathan Tichler / Met Opera

あらすじ

ランメルモールの領主アシュトン卿エンリーコの妹ルチアは、密かにエドガルドと愛し合っている。仇であるエドガルドと妹の仲を知ったエンリーコは、エドガルドが別の女性を愛していると偽の手紙を使って妹に政略結婚を承諾させる。

婚礼の席に現れたエドガルドに罵倒されたルチアは、新婚の夜に夫を刺し殺して狂死する。エドガルドは自分の過ちを知り、エンリーコとの決闘を前に自害する。ルチアのアリア「あの方の甘い声が」は、当時数多くの作曲家が生み出した《狂乱の場》の曲の中でも最高峰と言われている。

Lucia di Lammermoor ランメルモールのルチア
■新演出/イタリア語上演/3時間25分(休憩2回)
■作曲:ガエターノ・ドニゼッティ(1797~1848年)
■原作:ウォルター・スコットの小説「ラマームーアの花嫁」
■初演:1835年ナポリ、サン・カルロ劇場
■演出:サイモン・ストーン
■指揮:リッカルド・フリッツァ
■出演:ルチア:ネイディーン・シエラ
 エドガルド:ハビエル・カマレナ
 エンリーコ:アルトゥール・ルチンスキー
 ライモンド:マシュー・ローズ
■4月23日/26日/29日
 5月2日/6日/10日/14日*/17日/21日*(*はマチネ)
www.metopera.org

ウクライナ支援コンサート(Photo: Evan Zimmerman / Met Opera)

★MET関連ニュース
グラミー賞受賞「アクナーテン」

今年のグラミー賞のベスト・オペラ・レコーディング部門で、フィリップ・グラス作曲「アクナーテン」が栄誉に輝いた。このオペラは、5月19日から再演される。

ウクライナ救済・ベネフィット公演
メトロポリタン歌劇場では、ロシアのウクライナ侵攻に対する抗議を総支配人ピーター・ゲルブが表明し、3月14日にウクライナ救済のためのベネフィット公演が行われた。MET音楽監督のヤニック・ネゼ=セガンが指揮台に上り、公演は「ウクライナ国歌」を皮切りにスター歌手を迎え、ナブッコなどのオペラのアリア、コーラスを演奏、最後にベートーヴェンの交響曲第9番から「歓喜の歌」で締めくくられた。

また、プーチン大統領に近いとされるロシアのソプラノのスーパースター、アンナ・ネトレプコは、出演予定だったプッチーニ作曲「トゥーランドット」から降板。代役には、ウクライナ出身のリュドミラ・モナスティルスカが選ばれた。ゲルブは、「アンナは、METの歴史上もっとも偉大な歌手で非常に大きな損失だ」とコメントしている。

一方、ネトレプコは戦争を批判する声明を出しているが、復活は難しく来シーズンの「ドン・カルロ」の出演も現在のところ見送られている。(針ヶ谷郁)




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