2018年4月27日号 Vol.324

舞台芸術の相互紹介
言葉の壁こえる方法論めざす
プロデューサー/コーディネーター 高橋友紀子


高橋友紀子さん(左)、浪曲師・春野恵子さんと


字幕スクリーンを駆使しての桂小春団治のNY国連公演(撮影:武部哲也)


トランプ大統領は貿易不均衡について絶えず不満を表明するが、相手のある「関係性」に厳密な均衡などあろうはずもない。個人的な人間関係しかり、いわんや文化交流におけるアカウントレシーバブルの不均衡は、局面により大きな差が生じる。舞台劇術の運営・国際交流という観点から、学術的な理論をベースに実際の現場で長く行動してきた高橋友紀子(たかはしゆきこ)さん、観劇は年に100本を超えるという、じっくりと話を聞いた。

高橋さんの主な仕事には、時にイベントを主導するプロデューサーであったり、現場での調整を円滑に進行するコーディネーターの役割とが混在する。舞台芸術という枠組みでみると、本来的な活動は演劇、音楽、舞踊が主流だが、近年アメリカ市場への落語や浪曲といった伝統芸能の紹介も含まれるようになった。先鞭をつけたのは「2007年の桂小春団治師匠の公演ですね。師匠は、『NPO法人国際落語振興会』を設立したほど海外公演に意欲的で、その時点ですでに十数ヶ国での経験がありました。文化交流使として滞在したNYで本格的な公演をやりたいという師匠と、私の長年の知人でもある一人のプロデューサーとの出遇いがあり、その縁で私との関わりができました」。小春団治のNY公演はこれまでに3回を数える。
この3月~4月は、東京の噺家・柳家東三楼の公演を、ラガーディア・コミュニティカレッジを皮切りに、ハンターカレッジ、日系人会敬老会、紐育落語会、NYU、ブルックリン・キッチン、ブルックリン蔵、Jコラボと、短期間に席を8ヵ所も替えてアメリカに日本の伝統の「笑い」を届けた。そのためか時に『落語公演の高橋さん』という間違ったイメージがつきまとうこともあるほどだ(笑)。実は、小春団治公演まで落語を聴いたことがなかったという。「今はすっかり魅力にとりつかれました。一緒に巻き込んだ母からも、老後の楽しみを与えてくれて有難うと感謝されています」と話す。ひと口に落語公演と言っても、「笑い」を扱う苦労は並大抵ではない。演劇もそうだが、なんと言っても言葉の壁だ。落語の場合、噺家本人が英語で演じたり、翻訳字幕を使ったり、さらに両方を使い分けるなど涙ぐましい舞台裏の努力の上に成立しているのだ。
このほか15年と16年にはNY各地で大学を中心に「春野恵子浪曲公演」のプロデュースを担当。東大卒で英語の堪能な春野氏に英語での発表を奨めた。その他、市川染五郎ラスベガス公演、京都南座での市川海老蔵特別公演、ヨルダン、パレスチナでの中馬芳子グループとパレスチナ民族舞踊団公演、ベトナム国立交響楽団初のアメリカツアー・カーネギーホール&ボストンシンフォニーホール公演、ニューヨーク合唱フェスティバル・カーネギーホール公演などにも関わり、加えて、一戸小枝子ダンスカンパニーのアドミニストレーターを務めるなど、舞台裏方としての奮闘ぶりは枚挙にいとまがない。
大学での専攻は演劇学。「子供の頃は憧れの先生がいて、私も教師になりたいと考えていたのですが、現実の厳しさを高校時代に知り進路を変更したんです」と笑う。初めから演劇に強い興味があったわけではなく、この大学ならではの面白い学科は何だろうと考えて選んだのが、国立大学ではめったに類をみない大阪大学文学部美学科演劇・音楽学専攻という学問として演劇の歴史や戯曲の分析などを学ぶ理論研究課程だった。ゼミの指導教官は劇作家・評論家でもある山崎正和という斯界の碩学、充実していた。その後、芸術団体の運営全般を見渡すアート・マネジメントに関心を持ち、NYUの大学院で舞台芸術経営を専攻する。「たとえば非営利の芸術団体の運営にはチケット売上収入だけでは限界があるので支援や助成金が必要となりますが、当時の日本ではほとんど制度化されたものがありませんでした。個人レベルの寄付・支援であっても税控除の対象となるというアメリカでは初歩的な仕組みさえ当時の日本にはありませんでした」。NYUの大学院で研究を続ける中で、アメリカのシステマチックな現状が強く心に焼き付いたそうだ。
90年の「蜷川マクベス」BAM公演や80年代に野田秀樹主宰の「夢の遊眠社」をいち早くアメリカに紹介するなど、高橋さんがメンターとも慕う、「インター・アーツNY社」の仙石紀子代表がいる。その『日米の作品相互紹介』という理念を引継ぎ、今後の活動の大きな軸としていきたいと抱負を語る。「現在、日本は輸入過多、不均衡なんです。その解消に向けて、多国籍アーティスト間のコラボレーションの実現や、言葉の壁を突破する舞台作品の新たな方法論をプロデュースしたいと考えています」
2020年はいよいよ東京オリンピック、海外での日本文化紹介にも一層拍車がかかることだろう。
「来年、日本の伝統演劇とアメリカ人アーティストのコラボレーションをニューヨークで上演するという企画があって、現在、話を進めているところです」。一歩ずつ確実に前へ進む姿には理論と実践に裏打ちされた自信が充ちている。(塩田眞実)


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