2018年4月27日号 Vol.324

ファッショナブルな感性と
反逆精神が創造の核
「マーク=カミール・シャモウィッツ」展


新作の「KTのためのカーテン」と鏡のドア「エンドゲーム」(いずれも2018)を背景に「ランプ11」(2014)


張り板風に展示された壁紙デザイン(1985)と花瓶に挿された紙の花(2017)
All images: Courtesy the artist, Cabinet, London and Andrew Kreps Gallery, New York


アート作品にとって一番大事なものは何だろう。「色」。「えっ、色?」と人は言うかも知れない。しかし、モノクロ写真であれ、その色味は写真家によってさまざまだ。コンセプチュアルな試みの言葉が並ぶインスタレーションの場合も、色の存在はある。しかし、展示空間全体に漂う色、その特徴ある美しさに惹かれたのは、今回が初めてだ。
作家は、マーク=カミール・シャモウィッツ。知らない名前だ。仲間のライターが、「ビューティフル!」とあまりに強調するので、久しぶりにユダヤ美術館に来てみたわけだが、なるほどノックアウトの素晴らしさ。展示は2階のワンフロアのみで、それほど大きな展覧会ではない。また、一見、自作の家具や壁紙、カーペットが広がるインテリアデザインの趣だ。
だが、帽子やコートがかかる「エントランス」から、雑誌ページのコラージュが並ぶ「ライブラリー」、過去の部屋の写真が飛び交う「こことそこ」、さらに「サロン」や「人々の庭園」と名づけられた優雅な室内まで、ラベンダーや淡いペパーミントグリーン、柔らかなカナリア色が充満している。と同時に、個々のアイテムに宿る作家の感性もファッショナブルだ。
たとえば、花瓶にさされた紙の花! 紙の花とは、雑誌か何かの写真を切り抜いて、水彩で色づけしたものだ。それがこんなに豊かな花束になるなんて。また、さまざまな壁紙のパターンが、縦長のパネルの形で登場する。昔、日本では、着物地をほどいて洗濯した後、張り板に伸ばして乾かしたものだった。そんな光景をふと思い出す。
カーテンは、窓ばかりか、壁一面に広がっている。中央を占めるドアは、グリーン色の鏡! 部屋の続きを暗示するようでいて、出口なしの感覚は、ちょっとマグリットやデュシャンの世界を思わせる。室内装飾ではアイリーン・グレイ、クリエイティブな精神ではコクトーやジュネに心酔したというシャモウィッツの世界は、まさにアリスの不思議の国にして、どこかDIYの工夫にも溢れた温かみのある空間だ。
シャモウィッツは、戦後のパリに生まれ、父はポーランド系ユダヤ人、母はフランス人で、8歳の時、家族でイギリスに渡ったという。豊かな生活を求めての移住だったが、当初の住まいは、イーストロンドンの政府支給の長屋。彼のアートの遠い背景にあるのは、限られたスペースの中での創意工夫だったのかも知れない。
とはいえ、英国屈指の美大、ロンドン大学スレード校で絵画を学び、1968年の5月革命に刺激されてパリに滞在。ロンドンに戻るや、それまでの純アートの作品とは決別し、自らのアパートを開放してパフォーマンスやデザイン的な作品を発表するようになる。いわば時代の中での反逆精神が創造の核にあるようだ。思えば、アートにデザインを持ち込む、男性作家が刺繍や編み物など女性的な手法を取り入れるといった90年代以降の反アートの動きには、こんな先達がいたということだろう。
シャモウィッツは、この40年近く、ロンドンの同じアパートに住み、アパート自体が作品として公開されている。最近は、所属の画廊が購入した4階建てのビルの上階に住まいを移し、12面体というその特徴ある空間(壁面に多数の角がある)を活かした仕切りや棚、照明器具のデザインに独創性を発揮しているとのこと。
そして何よりも色。たまたま整理していた過去のアート資料の中で、ふと手に止まった一枚のポスター。淡いオレンジ色に小さなペイズリー模様が広がるそのポスターの裏に記されていた名前は、紛うことなき本展の作家、マーク=カミール・シャモウィッツだった。(藤森愛実)

Marc Camille Chaimowicz:
Your Place or Mine …
■8月5日(日)まで
■会場:The Jewish Museum
 5th Ave. at 92nd St.
■大人$18、65歳以上$12、学生$8
 18歳以下無料
www.thejewishmuseum.org



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