2018年4月13日号 Vol.323

なりたい自分に近づくため
常に「前を向く」姿勢を
女優 杜けあき



宝塚歌劇団で東北出身者初の男役トップスターとして活躍し、退団後は女優として舞台、テレビ、ラジオなどで活動を続ける杜(もり)けあきさん。今年1月には自身初の著書「人生アドリブ活用術ー88の愛言葉」(講談社)を出版し、活躍の場を広げている。
2016年夏、「リンカーン・センター・フェスティバル」で上演された宝塚OG(卒業生)バージョン「シカゴ」に出演。2年ぶりにニューヨークを訪れた杜さんに話を聞いた。

ずっと歌手になる夢を持っていたという杜さん。仙台白百合高校2年の時、テレビで観た「ベルサイユのばら」が彼女の未来を決定づけた。「衝撃でした。すごいカルチャーショックを受けました。その時に『宝塚に入る』って決めたんです」。しかし、芝居やダンスなどは未経験。集中的にレッスンはしたものの、周りからは大反対された。「親戚には公務員が多く、また私の父親は警察官でしたので、芸能界には少なからず抵抗があったと思います。でも頭から『ノー』という人ではなかったです」。素早い判断と行動力、天性の素質もあってわずか3ヵ月の受験勉強で見事に合格。1979年、第65期生として宝塚歌劇団に入団した。
小さい頃は「内弁慶だった」と打ち明ける杜さん。「宝塚に入って変わりました。私は東北出身者でスローでした。ある時、将来のスター候補に選んで頂いて座談会に出たのですが、他の人たちのテンポについて行けなかったんです。愕然としました。その時に『なんとかしないといけない』と思ったんですよ(笑)」
杜さんは「男役の解放感を楽しみたい」というが、男役を演じる心境とはどんなものか。
「コスプレ的なところもあるとは思いますが、私の場合は内面の部分がほとんどです。日本女性は『お淑やかで控えめ』が美学ですから、そういうところを気をつけますが、男役にはそんな制約は無く、そこが解放的だと感じます。また男役には、やった人しかわからない快感があるんですよ。今思えば、特異な経験で、それが私の財産です」
退団後は女優として再スタート。「当初は苦労も多かったですね。『男役』を演じた時とは違い、ちょっと窮屈な時もありました」。女性なのに女性を演じる「苦労」は、やはり経験者にしか知りえない不思議な感覚だ。最近はそういうことも無いそうだが、「ズボンを履いた時、無意識の内に大股で歩いてしまうことがありましたね」と笑う。役作りでは「かなり入り込むタイプ」だと自己分析する。「お稽古後のプライベートの席では、無意識のうちにそのキャラが出たりするらしいんです。まったく無意識なんですけどね」。演技に定評がある杜さんらしいエピソードだ。

著書「人生アドリブ活用術ー88の愛言葉」は、そんな杜さんの経験から生まれてきた言葉、先人が残したありがたい言葉に自分なりの解釈をつけたもの。「聞くよりも読む場合の説得力が大きいこともあるはず。人生では、いろいろな選択をせまられると思うのですが、そんな時のアドバイスと言うか、助けになればと思っています」。出版の経緯は、自身がパーソナリティーを務めたラジオ番組内「愛言葉」のコーナーで話していたものを、「本にしたらどうか」というリスナーからの意見がきっかけだったそうだ。
宝塚時代、ステージのセンターに立ち、トップスターの重責を果たした杜さん。「私は、真ん中の良さも、大変さもわかっているつもりです。だからこそ脇を固めるような役どころを演じる時にも、『こうしてあげたほうがきっと楽だな』と思い、考えなくても行動することができるのではないでしょうか」。今、自分は何を求められ、何を必要とされているのか。「アドリブ力」を研ぎ澄まし、なりたい自分に近づく…同書の根底には、杜さんのそういった思いが込められている。

初めてのニューヨーク訪問は治安の悪い時代だったため、「2度と来ない」と思っていた。しかし2年前の宝塚OGのニューヨーク公演の際には「なんて平和でエキサイティングな街だろう!」と印象が一変。「この自由さ、奥の深さが魅力的です。舞台俳優がニューヨークに何故来るのか、今やっとわかりました」と絶賛。「将来的には、同書の英語版も出版したいです」と話す杜さん、常に「前を向く」姿勢こそが、彼女を突き動かす原動力なのだろう。次のステージへとどんな「アドリブ」を効かすのか、興味は尽きない。(ケーシー谷口)


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