2023年03月31日号 Vol.442

レビュー:「猟銃(The Hunting Gun)」
光る中谷美紀の「人間力」
日本文学の美しさを再認識

①彩子の娘、薔子役 All photos courtesy of The Hunting Gun 2023

女優・中谷美紀とバレエダンサーのミハイル・バリシニコフが共演する舞台「猟銃(The Hunting Gun)」が「バリシニコフ・アーツ・センター」で上演中だ。井上靖の同名短編小説を、カナダの映画監督で脚本家のフランソワ・ジラールが舞台化。13年間、不倫を続けた男、三杉穣介(バリシニコフ)に届いた3通の手紙。三杉の妻・みどり、三杉の愛人・彩子、彩子の娘・薔子の3人の女性を、中谷ひとりが演じる。


舞台はまず、実態の無いナレーターの声(英語)から始まる。その「声」は、暗闇に浮かぶように現れた、猟銃を手にした男(バリシニコフ)を追跡し、やがて3人の女性から受け取った3通の手紙について触れていく。

最初の手紙は、愛人の娘、薔子から=写真①=。ステージには浅く水が貼られ、薄暗い水面にスイレンの花と葉が点在。裸足の少女、薔子が身をかがめ、マッチを擦り、線香に火を灯す。 張り詰めた静寂の中、母の不倫を知った娘の混乱と憤りが堰を切ったように溢れ出す。小さくあがる水しぶき、小石の擦れる音などが薔子の感情を映す。

②三杉の妻、みどり役 All photos courtesy of The Hunting Gun 2023

2つ目の手紙は、男の妻、みどりから=写真②=。スイレンの池から水が引くと、舞台は黒い石に覆われた川原に変貌。薔子が衣装を脱ぐと、赤いドレスを着た女、みどりがステージに君臨する。気弱そうな薔子とは異なり勝気なみどりは、夫の裏切りをなじり、哄笑し、慟哭する。

最後の手紙は、愛人、彩子から=写真③=。舞台は一転、川原から板張りの部屋へ。ゆっくりと赤いドレスを脱いだみどりが、白いドレスの彩子へと変わっていく。みどりに不倫が知られ、死を決意する彩子。自らの正直な想いを静かに話しながら、白い着物を着付け、身支度を整えていく。そして、物語は終焉へと向かう。

③三杉の愛人、彩子役 All photos courtesy of The Hunting Gun 2023

最初から最後まで、舞台に居続けた中谷。終演後、「この役を他の女優ができるのだろうか」と考えてしまうほどの「個性」と「力」。会場が大きくないことも、中谷の存在感を増幅させる。BGMはなく、中谷の動作から生まれる「音」が物語を彩り、一つひとつの所作や表情が、観客を釘付けにする。テレビや映画では観ることができない、中谷の「人間力」が感じられるのは「舞台」の醍醐味だ。

冒頭のナレーション以外、中谷のセリフはすべて日本語(あの長ゼリフを覚えられるという点でも敬服!)。背景には英訳が投影されるが、細やかで多様、微妙なニュアンスを持つ日本語を、他言語に置き換えることは困難だ。それでも観客は、凛とした中谷の表現力に、惜しみない拍手を送っていた。

派手な演出はなく、抒情的で美しい。改めて日本語の、日本文学の素晴らしさに気付かされるだろう。

The Hunting Gun(猟銃)
■4月15日(土) まで
■会場: Baryshnikov Arts Center
 450 W. 37th St.
■上演時間95分(インターミッション無し)
■$35〜
www.thehuntinggun.org
■中谷美紀インスタ@mikinakatanioffiziell


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