2019年3月15日号 Vol.345

隣人はスーパーヒーロー?
母と子の再生物語「スーパーヒーロー」

スーパーヒーロー
悩みをジムに話すシャーロット (l to r) Kate Baldwin & Bryce Pinkham. All photos by Joan Marcus, 2019

スーパーヒーロー
「どちらを助けるか選ばねばならないときもある…」(l to r) Kyle McArthur & Bryce Pinkham

スーパーヒーロー
漫画のコマのようなセットはビオルフ・ボリット(l to r) Kate Baldwin, Kyle McArthur & Ensemble


スーパーヒーロー(ヒロイン)映画は、手を替え品を替え、毎年ヒット作が生まれるほど安定した人気を誇っている。一方、演劇界では「スパイダーマン」が歴史的な大コケをしたこともあってほとんど鬼門のジャンルでさえある。
ところが、ずばり「スーパーヒーロー」と題されたミュージカルがオフブロードウェイで上演中だ。それも、ジョン・ローガン(「レッド」、007シリーズ「スカイフォール」)脚本、作詞作曲はトム・キット(「ネクスト・トゥ・ノーマル」)、ジェイソン・ムーア(「アベニューQ」)演出というブロードウェイでも第一級のクリエイティブチームが集結。さらに「ディア・エヴァン・ハンセン」のオフ公演を行なったセカンドステージ・シアターだ。ジンクスを打ち破ってヒット作となるかと期待に胸を膨らませて駆け付けた。

高校生のサイモンは母親のシャーロットと二人暮らし。だが、2年前に交通事故で父親を亡くしたことが二人の心に影を落としていた。引っ込み思案なサイモンはスーパーヒーロー漫画の世界に没頭。心の傷と向き合おうとしない息子にシャーロットは胸を痛めている。ある日、サイモンは寡黙な隣人ジムが消火栓をぺちゃんこにするところを偶然目撃する。「ジムはスーパーヒーローでは?!」と大興奮、母親を巻き込んでジムに近づこうとする。なかなか心を開こうとしないジムだが、徐々にシャーロットと距離を縮めて行く。
とうとうサイモンに決定的な瞬間を見られてしまったジムは、人命救助を使命に別の惑星からやって来たという驚きの事実を告白する…。

いきなり宇宙人とはあまりに荒唐無稽で、実はサイモンの夢だったという展開になるのかと想像したぐらい。しかし描かれていたのは超人類の派手な活躍ぶりではなく、「スーパーマン」で言えば変身前のクラーク・ケント、つまり孤独や葛藤を抱える生身の人間としての現実だった。楽曲もバラードが中心で、こぢんまりとした室内楽のようなミュージカルだったことには意表を突かれた。
母子家庭の内気な男子高校生と言えば「ディア・エヴァン・ハンセン」を思い出さずにはいられず、実際に同作を彷彿とさせる場面も。だが、10代のサイモンよりも、シャーロットとジムという大人たちの人生の憂愁が丁寧に描かれている点が大きく異なる。夫の死から立ち直れないシャーロットが、洗濯物が二人分に減った悲しみを歌い上げる「Laundry for Two」。ヒーロー日常のジレンマを歌うジムの「It's Not Like in the Movies」。メロディーの印象は薄いが、歌詞には情感が込められている。
シャーロット役のケイト・ボールドウィン、ジム役のブライス・ピンカムともにずば抜けた歌唱力と感情の機微を巧みに表す演技が光る。地球外生物と言われても納得できてしまう独特の個性もピンカムの持ち味だ。
今回がデビューとなったサイモン役のカイル・マッカーサーも今後が楽しみな若手で、キャスティングはトップクラス。
しかしながら、「スーパーヒーロー」はポテンシャルの片鱗は見せつつも、やはり突拍子のなさをカバーするには至っていない。人物描写やサイドプロットも物足りず、全体的にまだ開発途上という印象を拭いきれなかった。きらりと光る場面がそこここにあるだけに惜しい。
ジムはサイモンが父親を亡くした事故現場で、サイモンを救うことを選んだ。ジムとの出会いで母と子は絆を取り戻し、お互いがスーパーヒーローであると認め合う。そしてジムは一人去って行く。ハッピーエンドよりも静かな余韻を残した点には好感を持った。それこそ、オフならではの冒険である。(高橋友紀子)

Superhero
■3月31日(日)まで
■会場:Second Stage Theater
 305 W. 43rd St.
■$25〜
■上演時間:2時間10分
■2st.com


HOME