2019年2月22日号 Vol.344

観察映画・想田和弘監督作品 
一挙に全9作品  
話題の「港町」は5回上映

想田和弘監督

港町

港町
All Photos Courtesy of Kazuhiro Soda


ニューヨーク在住のドキュメンタリー映画作家、想田和弘監督のこれまでの全9作品が、3月2日(土)からブルックリンの小劇場「SPECTACLE」で上映される。意図的でなく自然体で現象を捉えることで著名なフレデリック・ワイズマン監督の影響を受けている想田監督。「観察映画」を標榜して2007年、そのドキュメンタリー作品第一弾「選挙」で、シナリオ、音楽、ナレーション、演出などを一切排し徹底的なまでの観察眼を軸に、独自の手法を世に問うた。作品は2008年度の米国ピーボディ賞を獲得。その後の作品、「精神」「Peace」「演劇1・2」「選挙2」「牡蠣工場」と、いずれもユニークな視点と題材で多くの映画祭で受賞した。そしていま、昨年のベルリン国際映画祭で絶賛され、世界各地で話題をさらっているのが第7弾となる「港町」(The Inland Sea)だ。約1ヵ月の上映期間中、「港町」は5回上映される。監督は「観察映画の十戒」を掲げ自らを律し続ける。主なものは、「事前のリサーチ、テーマ設定、台本作りをしない。目の前の現実をよく観てよく聴きながら、行き当たりばったりでカメラを回すことです。すべては結論先にありきの予定調和を排除するための方法論」と言う。
122分の白黒映画は現代の日本を象徴するように、小さなコミュニティ全体が高齢化している岡山県の小さな漁村、牛窓地区が舞台だ。主な登場人物としては、86歳になる漁師の「ワイちゃん」、鮮魚店を営み(後期高齢者)を自称する快活な女将「高祖さん」、さらに、しばしばカメラと被写体との間に闖入するおばあちゃん84歳の「クミさん」=写真下=、この3人だ。はじめ闖入者の「クミさん」の扱いに苦慮する想田監督だが、やがて終盤にさしかかるとこの「クミさん」の若干シュールな問わず語りが、思わぬ展開を遂げ、この作品を締めることに貢献することになるのだから、まさに「シナリオ無し」の観察映画の醍醐味といえよう。
想田監督によれば「この作品自体が副産物」、なのだそうだ。「牛窓で『牡蠣工場』の撮影中に、風景ショットを撮ろうとカメラを持ってうろうろしてたら、偶然、ワイちゃんが大きな魚を見せ、『これを撮れ』と差し出してきたんです」。俄然、興味を持った想田監督、ワイちゃんの船に乗り込み、腰が曲がり陸ではきびきびと動けないワイちゃんの手馴れた手さばきに圧倒され夢中でカメラを回す。やがて払暁の港に戻ったワイちゃんのあとに随うと、小規模ながら牛窓漁協の魚河岸が現れ、セリが始まる。この場面から、さらに高祖鮮魚店が、地域の住宅に車で配達と販売に出る。このあたりのシーンを見ていると、都会ではなかなかお目にかかれない流通の原型と地域経済の仕組みが手に取るように伝わる。規模は小さくても同じなのだ。むしろ、小さな世界でみる人の営みは縮図を見ているようだ。さらに大都会にいると見失いがちな、人々の孤独と人情が浮き彫りになる。

一作目の「選挙」と明らに違いが見られるのは、被写体となっている主要な登場人物と、カメラを手に持つ監督との距離感・関係性である。「選挙」では徹底的に、カメラ=眼、として客観性を貫いていた想田監督だが、この作品の中では、「会話」が成立している点だ。これについて、監督は次のように話す。「登場人物である被写体と自分との関係性こそがドキュメンタリーにとっては大事なんだと気づいたんです」と語る。「誰かにカメラを向ければ自分の行為や存在が、必ず被写体に対して何らかの影響を与えます。観察というのは、究極的には自分も含めた世界の観察になるわけです。それを素直に映画にしていこうと」
この作品は想田監督自身が「観察映画」に新たな「形」を導入した、進化の瞬間であったと思う。それを想田さんは、「形(かた)があるからといって、表現が窮屈になることはありません。むしろ深まりますね」と言い切る。ミクロを見てマクロを意識する。小宇宙がそこにある、ということだ。想田監督が言う、「神は細部に宿る、と言いますからね」。いのちの不思議さは暮らしの中のそこここに実はある。普段、それに気づくことなくあくせくするのが普通だが、ある瞬間にふと気づきが向こうからやってくる。
「実は映画全体をモノクロにしたのも、妻でプロデューサーの柏木の思いつきが元なんですよ。カラーで撮影してカラー仕上げまでしてたのに、最後の最後に『モノクロにしたら?』と言われて、実際に試してみたらいつの時代の話かわからないような世界を表出することに成功し普遍性を備えたと思います」。陸地の孤独と煩悩に対比する凪のような内海の水面。それはまるで涅槃寂静を描ききったかのように筆者には観えた。(塩田眞実)

The Inland Sea (港町) 
■3月2日(土)から(4月の予定は未確定)
○3/2 (7:30pm)Q&A付き ○3/3 (5pm)
○3/5(10pm) ○3/12(7:30pm) ○3/25(10pm)
■会場:Spectacle
 124 S. 3rd St., Brooklyn
■入場料金:$5(1作品) ※Q&A付きは$10
■他作品スケジュールは下記HPで確認を。
 www.spectacletheater.com/kazuhiro-soda


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