2022年2月11日号 Vol.415

メジャーにはない意外性
ほろ苦い純愛「辻占恋慕」
映画監督 大野大輔

「辻占恋慕」で、マネージャーを演じる大野監督(写真左)

パンデミックが続く中、昨年5月に前触れなく旗を掲げたシカゴ日本映画コレクティブ(CJFC)。ナラティブ7本、ドキュメンタリー2本、計9作品のインディペンデント長編映画がラインナップ。映画祭は数多くあれど、日本のインディペンデント作品に焦点を当てたものは米国国内でも希少。しかも中西部から日本映画祭が誕生したことは喜ばしいことだった。全米30州以上から映画ファンがアクセス、日本の自主制作映画の面白さと未来の可能性が窺えた。カンヌ国際映画祭やゴールデングローブ賞など、名誉ある賞を連取している濱口竜介監督の「ドライブ・マイ・カー」が、欧米の映画業界で高い評価を得ていることからも、同映画祭の今後の動きは大いに注目される。

CJFCはまた、昨年9月、スピンオフ企画として東日本大震災から10年という区切りの年ということを踏まえ、福島県双葉郡広野町を舞台にしたドキュメンタリー「春を告げる町」を特別上映。続く第2弾として若手映画監督にスポットを当てる特別上映会を2月10日から4日間、オンラインで開催する。若干25歳の前田聖来監督の「幕が下りたら会いましょう」と会話劇を得意とする脚本家でもある大野大輔監督の「辻占恋慕」という国際プレミアの2作品だ。



今回、話を聞いたのは大野大輔監督。「辻占恋慕」では主演、脚本、編集までこなすマルチタレントである。裏を返せば予算上の理由で何でも自分でこなさなければならなかったのだろうが、映画は作ったもの勝ちというところでもある。「作りたいから作った」という大野の処女作「さいなら、BAD SAMURAI」(2016年)では予算の事情から、自らカメラの前に立ち作品を完成させた。

「もともと監督と脚本の両方をやりたくて始めました。処女作では、役者を雇うお金がなく、演技の勉強すらしたこともないのに出演しました」。無謀とも言える無名俳優の主役抜擢は、名監督の片鱗をのぞかせるインディペンデント映画ならでは。だが、読みは当たった。同作は、カナザワ映画祭でグランプリを受賞。続く「ウルフなシッシー」(2017年)でも制作資金が不足したことから、メガホンをとる大野が自らのクローンに演技をつける。「自分の演技を見るのは、正直、気持ち悪い。自分が出ているシーンを編集するのは、毎度のことですが、憂鬱というか、嫌な感覚なんです」

大野大輔 監督

その後も、YouTube配信ドラマからできた劇場版「アストラル・アブノーマル鈴木さん」(2018年)がオーストラリアやオランダなど海外の映画祭で上映、「辻占恋慕」がアメリカで国際プレミアされるなど、国際的な評価は高い。

「僕の場合、そもそも日本国内でも多くの作品を撮っていませんし、キャリアもありません。知名度のある作品を作ってもいないアンダーグラウンドの世界でやっていますので、海外どころの話じゃないんです。だから『海外』と言われても正直なところピンと来ません」と素朴な一面を見せる。それでも仕事の依頼は続き、その合間にコンスタントに作品を制作。そして昨年、クラウドファンディングで280万円以上を集め、パンデミックの中、2021年4月から約2週間かけて撮影、今年5月に日本で公開が決まった「辻占恋慕」を完成させた。

とは言うものの、大野は映画監督としては一風変わった生活をしている。

「普段は、家でコツコツ内職してまして、その合間にYouTubeばっかり見ている感じですかね。猫の動画なんかに癒されたりします。昨年はコロナもあって、月に数回も映画館に行ってませんし、NetFlixも解約しましたし、映画はあまり見てないですね」と語る大野は新感覚の映画監督なのだろうか。

「辻占恋慕」

役者としての大野大輔だが、「辻占恋慕」における彼の芝居は、演じることを知らないが故の男のペーソスを実にうまく醸し出しているように見える。鳴かず飛ばずのフォークデュオのシンガーに始まり、共に夢を追いかける女性シンガーソングライターの為に奔走し、命を削るマネージャーの役。中でも圧巻は、愛するパートナーの記念すべきショーを乗っ取り、観客をカオスに落とし込むシーンだ。独壇場の怒りのピエロは、独演毒舌で、30代最後の音楽の灯火が消えないように執拗に吠える。腐乱した社会へのマシンガントーク。

「(このシーンでは)アメリカン・ニューシネマみたいなものをやりたくて、本当にくすぶっている人たちがたくさんいる中で、その人たちの1つのパターンとして、こういう奴もいるんだなって感じで描きたいと思っていました。変なハッピーエンドにするのではなく」

構想から完成まで2、3年かかったという本作は、日本における音楽ビジネスのあり方に疑問を投げかける内容で、その音楽シーンの舞台裏を知るという点で非常に学びの多い作品になっている。

本作に登場する人物の中で一番自分に近い役はどれかと聞いてみると、「やはり途中で出てくる映画監督みたいな奴ですね。きな臭いし、胡散臭いし、映画監督ってそういう風に見られているのだろうなって気がします。空気読めないし、人に迷惑かけても何も気にしないし」とあっさりと答える大野。

アーティストの私生活、ライブハウスにおける演奏活動の実態、アイドル・ビジネスの実情、音楽プロデューサーの怪しい録音セッション、映画監督とレコード会社の騙し合い、ラジオ番組のどん詰まりの収録スタジオ、音楽雑誌とマネージメントの裏工作と、演歌からアイドルまでを網羅する日本音楽のエンサイクロペディアのようだ。

「辻占恋慕」は、50年近く前、日本で大ヒットした名曲「昭和枯れすすき」の現代版恋ものがたりに近いイメージかもしれない。メジャーにはない意外性、YouTubeにはない独創性。突き破る破壊力と駆け抜ける疾走感を、ほろ苦い純愛フォークソングの旋律に乗せて語りかける秀逸のインディペンデント映画である。(河野洋)

Chicago Japan Film Collective
■2月10日(木)〜13日(日)
■オンライン開催
 http://cjfc.eventive.org
■視聴無料
★映画祭公式HP:www.cjfc.us


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