2019年1月25日号 Vol.342

作家の生き様、その作品
ゲルハルト・リヒター
レオノール・フィニ

ゲルハルト・リヒター
Florian Henckel von Donnersmarck, Never Look Away, 2018. Cai Cohrs as Young Kurt Barnert (Gerhard Richter) Photo by Caleb Deschanel.Courtesy of Sony Pictures Classics

レオノール・フィニ
Leonor Fini, Woman Seated on a Naked Man, 1942. Private Collection

レオノール・フィニ
Leonor Fini, The Beauty Lesson, 1974. Courtesy of Weinstein Gallery

レオノール・フィニ
展示風景「レオノール・フィニ:欲望の劇場 1930-1990」Photo by Kris Graves. Courtesy Museum of Sex


新年早々、壮絶な映画を見た。ドイツの画家ゲルハルト・リヒター(1932年生)をモデルにした「フィクション」映画「ネバー・ルック・アウェイ」である。そう、あくまでもフィクションであって、ピカソやゴッホの生涯を描いた伝記映画とも、昨今流行っている作家追いかけのドキュメンタリーとも違う。全3時間。が、まったく時間を感じさせない。
リヒターは、旧東ドイツのドレスデンに生まれた。2002年にMoMAで回顧展を開催した現代の巨匠であり、いまなお現役で活躍中。写真ベースの具象画からパレットナイフを使った厚塗りの抽象画まで、その手法は幅広く、オークションの常連として代表作ともなれば数百万ドルの値をつける。
とはいえ、この映画がカバーするのは、リヒターがリヒターになるまで、すなわち子供時代から画学生として自分のスタイルを掴むまでの時期である。成功の一歩手前、その苦悶の様子が壮絶なのだ。また、1930年代後半、ドイツ全土を席巻したナチス主催の「退廃芸術」展(アート狩りというべきもの)、その展示を見つめる少年の目に始まるこの映画は、戦後ドイツの苦渋部分を曝け出し、リヒターの生い立ちとも否応なく関わってくる。かなりのサスペンスだ。
が、ネタバレになることは言うまい。アート映画として見るなら、トム・シリング演じる若き画学生、美学校の石造りの建物やアトリエなど、人間リヒターの存在が身近に感じられる。リヒターは、ドレスデンの美学校を卒業後、壁画家として活躍するも、「社会主義リアリズム」の手法に飽き足らず、ベルリンを経てデュッセルドルフに落ち着く。東西分断の壁ができる前のことだった。
当時「デュッセルドルフ美術アカデミー」を仕切っていたのが、かのヨーゼフ・ボイス、アート界のシャーマンだ。このボイスの講義=表紙写真=、リヒターに向けての一人芝居に近いモノローグが泣かせる。アート制作とはこれほど真剣なことなのか。翻って、アートを見る側の真剣さとは。私には、今後の仕事のやり直しを思わせるほど衝撃的な映画だった。

未知のアーティスト、レオノール・フィニ(1907〜96)の存在もまた驚愕だ。会場の2フロアを埋める妖艶なイラスト風の人物画、豪華本的デザインの挿画集、金ラメのドレスに金のアクセサリー、女性の上半身を象った香水ボトル(ファッション・デザイナーのエルザ・スキャパレリが商品化)、同様に女体の曲線を型にしたクローゼット、さらに自作自演のフィルムと、見応えある展示であると同時に、この時代、こんなアーティストがいたのかという新鮮な驚き。
フィニは、アルゼンチン生まれのイタリア人で、両親の離婚に伴い10代の頃からトリエステやミラノに住み、1930年代初頭、パリに移り住んだ。シュルレアリスム全盛のパリでは、詩人や芸術家たちから好意的に迎えられたが、ひとつの主義に縛られることを嫌ったフィニ。とりわけ、強い女性、フェミニンな男性を描くことを好み、男性ヌードの作品も多い。
初期ルネサンスの宗教画やマニエリスムのスタイルを思わせる絵画にはレトロな雰囲気が漂い、あくまでもパーソナルな絵画世界が広がっている。フェミニスト・アートの先駆というよりは、彼女独自の生き方の表現だろう。その好例が、ホームビデオ風のフィルム作品であり、海岸沿いの廃墟と化した修道院、その地下牢のごとき暗い部屋に展開する仮面舞踏会は、女王フィニの独壇場だ。
画家リヒターも、リヒターの生い立ちに触発されドイツの暗部に切り込んだ若き映画監督フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク(1973年生)も、孤高の幻想世界を築き上げたマルチタレントのフィニも、作品そのものはもとより、その生き様が素晴らしい。アートを生きる人生のパワーである。(藤森愛実)

Never Look Away
■1月25日(金)NY公開予定
www.sonyclassics.com/neverlookaway
※2019年アカデミー外国語映画賞ノミネート作品
© SONY PICTURES ENTERTAINMENT INC.

Leonor Fini: Theater of Desire, 1930-1990
■3月6日(水)まで
■会場:Museum of Sex
 233 Fifth Ave. at 27th St.
■$20.50、学生/シニア$17.50
www.museumofsex.com


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