2019年1月11日号 Vol.341

[連載(1)]
激動する国際社会

内田忠男
(国際ジャーナリスト / 名古屋外国語大学・大学院客員教授)


現在、この地球という惑星は実に様々な課題を抱えている。ざっと挙げると、
(1)グローバリズムへの懐疑 (2)内戦 (3)地球温暖化 (4)核兵器拡散 (5)中国の覇権主義 (6)国際テロリズム (7)サイバー・テロ
私はこれらを「グローバル・アジェンダ(Global Agenda)」と呼んでいる。このような地球規模での懸案・問題について考えてみたい。

激動する国際社会


グローバリズムへの懐疑(前編)

2016年6月、英国は国民投票でEU欧州連合からの離脱を決めた。

一方、同年11月の米大統領選では、既成権力に叛旗を翻したドナルド・トランプが当選。既成の政治家や政党が決めたこれまでの政治の仕組みを根本から変えようとしている。ビジネスに対する規制に「NO!」、自由貿易に 「NO!」、従来の移民制度に 「NO!」を掲げ、「アメリカファースト」を叫び、国際協調 にも「NO!」という一国主義の主張を展開。

この二つの現象に共通しているのは、有権者の間にグローバル化への懐疑の念が強まり、不平不満が渦巻いた挙句、それが強い怒りへと高揚した結果だった。

これは米英だけに限ったことではない。「『世界』とは不快で恐ろしい場所であり、そこと遮断する壁を作るべきだ」という考えが幅広く広がり、ポピュリズムが台頭。その背景にあるのはグローバル化に伴う格差拡大の問題と、グローバル化の基調とされる国際協調がもたらす自国への不利益だ。その結果、個人の利益までが侵害されている。それにもかかわらず、既成の政党・政府のエリートたちは何も効果的な手を打たないという不満、怒り…。

第二次大戦後の欧州では、「20世紀前半に2度も大戦を引き起したドイツとフランスを戦わせてはならない」と、超国家的な機構、すなわち欧州統合に踏み出した。1958年にEEC(欧州経済共同体)、1967年にEC(欧州共同体)、冷戦終結後の1993年にはEU(欧州連合)に辿り着いた。その時点で12だった加盟国がいまや28にまで増えた。

ところがここにきて、そのEUに拒絶反応を示す政治家・政党が増えている。極端な右翼・民族主義系が多いが、既にハンガリーでは「フィデス=ハンガリー市民同盟」、ポーランドでは「法と正義」が政権の座につき 、フランスの「国民戦線」も支持を伸ばしている。ドイツやオランダ、デンマーク、オーストリア、イタリアなどにも広がり、ドイツでは去年の議会選挙で「AfD ドイツのための選択」という右翼政党が第三党に躍進。イタリアでは左翼の「五つ星運動」と極右の「同盟」という政党が野合して連立を組んだ。直近では スウェーデンで極右政党が伸長、ブラジルでは極右の大統領出現、ドイツの地方議会選でAfDの勢いが止まらない。

彼らが批判を強めているのは、欧州統合やグローバル化で国家・民族の存在感が希薄化・空洞化したこと、難民や東欧移民の受入れで市民たちの権利までが侵害されている、その一方で、グローバル化した経済では競争原理の下、勝者と敗者に二分され、勝者は多額の利益を手にするが 敗者は損をするだけという構図。必然として冨の格差が拡大する。この二つの不公平感から不満や不安が募り、それが怒りに昇華する。そうした感情をポピュリストと言われる政治家・政党が素早く掴んでグローバル化への反発を募らせている

2003年に、イェール大教授のエイミー・チュア氏(中国系フィリピン人の家系に生まれた女性法学者)が、 「World On Fire : How Exporting Free Market Democracy Breeds Ethnic Hatred and Global Instability」=富の独裁者 驕る経済の覇者:飢える民族の反乱=(久保恵美子・訳、光文社)で、問題点を的確に抉り出していた。

しかし、グローバル化を拒否して一国主義や保護貿易主義が広がれば、世界経済は総体として縮小、景気後退局面に入り格差はさらに広がるという悪循環=負のサイクルが起こるリスクが高い。

グローバリゼーションとは 市場経済の原理が 国境を越えて地球規模に拡大した現象で、社会的・経済的事象が国家の垣根を越え地球規模に拡大することだ。では何故、これが起きたのか。

冷戦終結後、社会主義・共産主義における計画経済が破綻した結果、市場原理がグローバル・スタンダートになった。もう一つはインターネットがもたらしたICT情報通信技術の革命により、モノ、カネ、情報、全てが国境を越えてリアルタイムで動き回るようになったことであろう。

このグローバル化を先導し牽引した米英が、今、それに背を向けようとしている。

グローバル化した経済は大変複雑で、単純な政策で管理出来るものではない。従って、アメリカでトランプに投票した人々の生活が急に楽になり、改善する可能性は極めて少ない。それでも、支持をやめないのは、彼らの怒りが余りにも深い所以である。

一つの発端は2008年9月15日のリーマン・ショックにあった。あれからもう10年以上。アメリカのリーマン・ ブラザーズという大手投資銀行が、アメリカの中央銀行であるFEDに見放されて破綻、それをきっかけにアメリカ発の金融危機が世界中に広がり、「Great Recession=大収縮」と呼ばれる世界的な景気後退が起きた。リーマンの破綻は自業自得だったのだが、政府や中央銀行は、経済の血液となるカネの動きを預かる金融機関を救済せざるを得なかった。

その一方で、この金融危機では何百万人もが仕事や家を失った。政府は、金融機関は助けたが、困っている個人は助けてくれない。その不満が2011年秋に噴出。ウオール街に近い小公園に「ウォール街を占拠せよ!(Occupy Wall Street)」の旗が翻った。巨額の富を独占する1%の層に対し「We are the 99%」とする抗議のデモが練り歩き、その波は瞬く間にアメリカ全土から欧州、世界へと広がった。

これこそがグローバリズムからも、政治からも忘れられ、取り残された人々の怒りだった。やがて、この怒りが政治をも動かし始めたのだ。(一部敬称略)

=次号へつづく =


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