ブロードウェイ「インヘリタンス」：ニューヨーク最新イベント情報【よみタイム】#Yomitime

2020年1月10日号 Vol.365
過去のエイズ問題を「継承」立場や世代を超えて取り合う手「インヘリタンス」エリック（左から2人目）役のKyle Sollerはオリヴィエ賞を受賞 The cast of "The Inheritance". All Photos by Matthew Murphy for MurphyMade, 2019 ヘンリー（右）とウォルター（中央）は36年来、私生活のパートナーだった。(l to r) Kyle Soller, Paul Hilton & John Benjamin Hickey トビー（右）はアダムにあっさりフラれて自暴自棄に Samuel H. Levine & Andrew Burnap 唯一の女性の出演者はロイス・スミス(89) エイズで息子を亡くした母親役 Lois Smith & Samuel H. Levine 2020年幕開けの一本に、ニューヨークを舞台にした話題作を紹介したい。「インヘリタンス」は、この街に生きる三世代のゲイの男性たちを描いた群像劇だ。80年代の「エイズ・クライシス」という過去を「inherit=継承」し、世代や立場を超えて手を取り合うことの大切さを説く。14人の俳優が29役を演じ、パート1と2で合計6時間半の長編である。昨年11月のブロードウェイ開幕に先んじてロンドンで上演され、オリヴィエ賞、イブニング・スタンダード演劇賞他を軒並み受賞。今年のトニー賞演劇作品賞の最有力候補である。エリックとトビーは30代のゲイカップル。温厚で誠実なエリックのアパートには常に友人たちが集っていた。だが、自伝的小説の舞台化が決まったトビーは主演の青年アダムに夢中になり、二人は破局する。失意のエリックは、年長のウォルターと友情を育み、過ぎし日に彼が田舎の別荘で多くのエイズ患者を看取ったという話に深く揺さぶられる。ウォルターはその別荘をエリックに相続させたいとメモを残すが、私生活のパートナーだった不動産王ヘンリーは法的有効性はないと見なしてそのメモを焼き捨ててしまう。その後、ひょんなことからエリックとヘンリーは恋仲になり、結婚に至る。エリックはついにウォルターの別荘を訪れ、そこで命を落とした男性たちと心の交流を持つ。一方、トビーはアダムと瓜二つの男娼レオと放蕩の日々を送っていたが、少年時代の暗い思い出に苛まれていた。突然トビーに去られたレオはホームレスになり…。 E・M・フォースター作の1910年の小説「ハワーズ・エンド」の枠組みを現代に置き換えた構成が面白い。小説の古い屋敷が本作ではウォルターの別荘となり、舞台のタイトルにはその相続(inheritance)を巡る物語という意味もある。フォースターは青年同士の愛を描いた「モーリス」の作者でもあり、自身同性愛者であった。そのフォースターも劇中に登場する他、人物たちは台詞に加えて情景や心情を描写した「ト書き」を読むシーンも混じる。このひと捻りある戯曲がごく自然に表現されているのは個性の際立つ俳優陣の力量による。複雑なプロットを交通整理し、小気味良い展開に仕立てているのはスティーヴン・ダルドリーの卓抜した演出センスの賜物。映画と演劇の両分野で活躍する稀有な俊才である。巨大な卓袱台のような装置はベテランのボブ・クロウリー。ジョン・クラークの照明との相乗効果で巧みに場面を移して行く。また、本作はニューヨーカーの物語でもある。エリックの友人はアフリカ系アメリカ人、ラテン系、教師、医師、社会活動家と人種も職業も多様。彼が祖母から受け継いだアッパーウエストの3ベッドルームの家賃が575ドルだと告白した時、客席はどよめいた。富裕層のヘンリーが大統領選でトランプに寄付したと語った時にも皆が息を呑んだ。観客は地元民が主体で、ゲイの男性に限らず誰もが登場人物たちに感情移入し、一体感があった。劇作家マシュー・ロペスは、今回がブロードウェイ・デビュー。本作はトニー・クシュナーの名作「エンジェルス・イン・アメリカ」とよく比較される。本筋から外れた議論が始まるなど「エンジェルス」の緻密さに及ばない面があるのも事実。だが、ロペスの「語らずにはいられない」というほとばしるような思いは強く伝わって来る。しかしながら、「ハリー・ポッター」のように有名な訳でもない演劇作品で2部構成とは、興行的には大きなチャレンジだ。筆者が観劇した日も残念ながら後方の空席が目に付いた。パート1だけで完結したドラマとして作られており、そのエンディングは全編通して最も美しく悲しいシーンでもある。前半だけでも足を運んで欲しい。そうすれば、必ずパート2も観たくなる。(高橋友紀子) The Inheritance ■会場：Ethel Barrymore Theatre 　243 W. 47th St. ■$39〜 ■上演時間：パート１：3時間15分　パート2：3時間10分 ■theinheritanceplay.com Tweet HOME

2020年1月10日号 Vol.365

過去のエイズ問題を「継承」
立場や世代を超えて取り合う手
「インヘリタンス」

エリック（左から2人目）役のKyle Sollerはオリヴィエ賞を受賞 The cast of "The Inheritance". All Photos by Matthew Murphy for MurphyMade, 2019

ヘンリー（右）とウォルター（中央）は36年来、私生活のパートナーだった。(l to r) Kyle Soller, Paul Hilton & John Benjamin Hickey

トビー（右）はアダムにあっさりフラれて自暴自棄に Samuel H. Levine & Andrew Burnap

唯一の女性の出演者はロイス・スミス(89) エイズで息子を亡くした母親役 Lois Smith & Samuel H. Levine

2020年幕開けの一本に、ニューヨークを舞台にした話題作を紹介したい。
「インヘリタンス」は、この街に生きる三世代のゲイの男性たちを描いた群像劇だ。80年代の「エイズ・クライシス」という過去を「inherit=継承」し、世代や立場を超えて手を取り合うことの大切さを説く。14人の俳優が29役を演じ、パート1と2で合計6時間半の長編である。
昨年11月のブロードウェイ開幕に先んじてロンドンで上演され、オリヴィエ賞、イブニング・スタンダード演劇賞他を軒並み受賞。今年のトニー賞演劇作品賞の最有力候補である。

エリックとトビーは30代のゲイカップル。温厚で誠実なエリックのアパートには常に友人たちが集っていた。だが、自伝的小説の舞台化が決まったトビーは主演の青年アダムに夢中になり、二人は破局する。
失意のエリックは、年長のウォルターと友情を育み、過ぎし日に彼が田舎の別荘で多くのエイズ患者を看取ったという話に深く揺さぶられる。ウォルターはその別荘をエリックに相続させたいとメモを残すが、私生活のパートナーだった不動産王ヘンリーは法的有効性はないと見なしてそのメモを焼き捨ててしまう。その後、ひょんなことからエリックとヘンリーは恋仲になり、結婚に至る。エリックはついにウォルターの別荘を訪れ、そこで命を落とした男性たちと心の交流を持つ。
一方、トビーはアダムと瓜二つの男娼レオと放蕩の日々を送っていたが、少年時代の暗い思い出に苛まれていた。突然トビーに去られたレオはホームレスになり…。

E・M・フォースター作の1910年の小説「ハワーズ・エンド」の枠組みを現代に置き換えた構成が面白い。小説の古い屋敷が本作ではウォルターの別荘となり、舞台のタイトルにはその相続(inheritance)を巡る物語という意味もある。フォースターは青年同士の愛を描いた「モーリス」の作者でもあり、自身同性愛者であった。そのフォースターも劇中に登場する他、人物たちは台詞に加えて情景や心情を描写した「ト書き」を読むシーンも混じる。このひと捻りある戯曲がごく自然に表現されているのは個性の際立つ俳優陣の力量による。
複雑なプロットを交通整理し、小気味良い展開に仕立てているのはスティーヴン・ダルドリーの卓抜した演出センスの賜物。映画と演劇の両分野で活躍する稀有な俊才である。
巨大な卓袱台のような装置はベテランのボブ・クロウリー。ジョン・クラークの照明との相乗効果で巧みに場面を移して行く。
また、本作はニューヨーカーの物語でもある。エリックの友人はアフリカ系アメリカ人、ラテン系、教師、医師、社会活動家と人種も職業も多様。彼が祖母から受け継いだアッパーウエストの3ベッドルームの家賃が575ドルだと告白した時、客席はどよめいた。富裕層のヘンリーが大統領選でトランプに寄付したと語った時にも皆が息を呑んだ。観客は地元民が主体で、ゲイの男性に限らず誰もが登場人物たちに感情移入し、一体感があった。
劇作家マシュー・ロペスは、今回がブロードウェイ・デビュー。本作はトニー・クシュナーの名作「エンジェルス・イン・アメリカ」とよく比較される。本筋から外れた議論が始まるなど「エンジェルス」の緻密さに及ばない面があるのも事実。だが、ロペスの「語らずにはいられない」というほとばしるような思いは強く伝わって来る。
しかしながら、「ハリー・ポッター」のように有名な訳でもない演劇作品で2部構成とは、興行的には大きなチャレンジだ。筆者が観劇した日も残念ながら後方の空席が目に付いた。パート1だけで完結したドラマとして作られており、そのエンディングは全編通して最も美しく悲しいシーンでもある。前半だけでも足を運んで欲しい。そうすれば、必ずパート2も観たくなる。(高橋友紀子)

The Inheritance
■会場：Ethel Barrymore Theatre
　243 W. 47th St.
■$39〜
■上演時間：パート１：3時間15分
　パート2：3時間10分
■theinheritanceplay.com

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立場や世代を超えて取り合う手
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