2019年4月26日号 Vol.348

「令和の時代が始まる」

国際ジャーナリスト 内田忠男

令和
日本古典籍データセット(国文研所蔵)CODH配信から

令和
記者会見で新元号『令和』を発表する菅義偉内閣官房長官 (Photo © 内閣官房内閣広報室)


5月1日から『令和』という元号が始まる。令和の典拠は奈良時代に編まれた万葉集だという。これまでの元号は全て漢籍からの引用だったが、今回初めて国書からの出典とした。
大伴旅人(オオトモノタビト)が九州太宰府の任地で、梅花を愛でる宴を催した際、出席した32人が詠んだ歌を収録した章の序文にある『初春令月、気淑風和』(新春の良き月、空気は清らかで、風は和らいでいる)から引かれた。『令』は命令、指令などがあるように「命ずること、おきて、きまり」などの意味のほか、令夫人、令息、令嬢など、他人の家族を尊敬して付ける場合や、令名、令色など「良い、美しい」の意にも使われる。『和』は「なごむ、やわらぐ、仲良くする」 などのほか、「複数の数を合わせた数」にも使われるから「広がり」に通ずる意味もある。従って、『令和』には「良きこと・美しきことを内外に広げる」と言う意味合いが生ずる。

誠実一途の両陛下

明治維新の1868年に慶應から明治への改元があり、その時、天皇一代につき一元号とする一世一元の制が定められた。今回は、現天皇が自ら生前退位のご意志を示されたことで元号が改まる。30年半足らずで終わる『平成』を通じて、天皇皇后両陛下は憲法が定める「国民統合の象徴」としての天皇像を真摯に追求され、この上なき誠実さで国内外でのご公務に精励された。そのお姿は時に痛々しいばかりで、ひたすら頭(こうべ)を垂れるしかなかった。
そうした両陛下の事績とは裏腹に、この30年余は様々な天災と人災にまみれた混迷の時代でもあった。

天災と人災の30年

平成が始まったのは1989年で、この年は世界的にも中国の天安門事件や、東西冷戦にピリオドを打つ東欧革命など騒がしい年だった。そして、この冷戦終結を契機にグローバル化がフルスピードで始まった。
国政で言えば、21世紀初頭の5年余りを務めた小泉純一郎政権を除いて、程度の差はあれ、誠に不甲斐ない政権の連鎖だった。バブル経済がはじけた時点で首相の座にあり、その後の混迷期に長く蔵相の座に固執した宮澤喜一という政治家は、「平成の高橋是清」などと呼ばれながら、不良債権の処理を徒らに先送りし、何も出来ずに日本経済の基盤を大きく毀損した。IQは高い人だったが、それを実務に活用する術を全く持ち合わせていない劣等生だった。悪夢としか言いようのない民主党政権の3年間はさらに酷かった。鳩山由紀夫は沖縄・普天間基地の移設先を「最低でも県外」などと公約して、今日に至る混乱の元を作り、東日本大震災時に首相だった菅直人は、無策無能な東京電力首脳とともに未曾有の大災害に遭った福島第一原子力発電所の原子炉をメルトダウンさせる人災の元を作った。こうした張本人たちが獄につながれることも無く平然と生きている。

実績乏しい安倍政権

今の安倍晋三政権にしても、さして褒められる業績をあげたわけではない。「代わりがいない」という好運だけで憲政史上最長期の政権を担おうとしているが、アベノミクスの成長戦略も、デフレからの脱出も、そして財政再建も、具体的な成果は一切見当たらない。成果どころか前途に光明さえ見えないのが現実ではないか。                                    
対米、対ASEA N、対EU、対アフリカなどの外交面では、それなりに評価できる部分もあるが、対露、対朝鮮半島、対中国の外交では、「平和条約の早期締結」「拉致の早期完全解決」「未来志向の日韓」「競争から協調の時代へ」など、実現することのない標語だけが躍って、見るべき業績は皆無だ。この状況に、当面変化の兆しもない。
内政でも「一億総活躍社会」「女性が輝く社会」「地方創生」「働き方改革」「人づくり革命」……スローガンだけは枚挙に余るが、それで何が変わったかと言えば、ほとんど何も変わっていない。その証拠に、国連などが発表する様々な国別ランキング(生産性、競争力、女性の社会参加、幸福度などなど)も大半は日本の順位が下降している。

皇后の人柄

さて、これから始まる令和がどういう時代になるか。
皇室のことから述べれば、皇太子妃が皇后と呼べる人柄なのかという疑問がある。
「適応障害」という病気だそうで、ずいぶんと長い間、それを理由に公務の大半を忌避してきた。災害の都度、いち早く現地に赴かれ、膝を屈して被災者と対話する両陛下の陰で、皇太子夫妻のそうした姿は数えるほどしか見ていない。だが、その一方で、娘がサマーキャンプに参加するというと、「ご遠慮頂きたい」という学校側の要請を無視して、すぐ近くのホテルに豪勢な部屋をとり、学校側や学友たちが娘にどのような対応をしているか監視するという暴挙を強行した。現皇后が美智子妃と呼ばれた時代、正田家のご両親が東宮御所を訪ねたなどという話は聞いたことがないが、雅子妃の場合は、小和田家の両親が足繁く御所に通い、濃密な会話をしてきた。まこと身勝手と言おうか、御所から皇居に行くと適応障害になるそうで、それが公務忌避を招いていたのだが、そんな人物が皇后という地位に上がれるのか、皇后と呼ばれるに相応しい人物なのか……不敬の誹りを受けることは百も承知で、あえて指摘しておかなければならない。

隣人は仮想敵?

日本を取り巻く情勢について言えば、地政学的に日本はたいへん不幸な位置に置かれている。ロシア、朝鮮半島、中国という日本にとっての隣国は、揃いも揃って、国際関係のルールの基本である「法の支配」を無視する国なのだ。それだけではない。これら隣国は明治以来、一貫して日本を仮想敵国視してきた。
ロシアとの北方領土の問題では、ロシア側は「第二次大戦の結果を認めろ」と迫るが、その結果自体、当時のソ連邦が日ソ中立条約を一方的に破棄して参戦し、しかも、今の北方四島は、日本が無条件降伏を公式に通告した後に、つまり第二次大戦が終わった後に、ソ連軍が上陸占領したという国際法違反そのものなのだ。北朝鮮は、小泉首相が訪朝して調印した日朝平壌宣言を全く無視し、その後の拉致被害者に関する合意事項の実行さえ拒否している。韓国は1965年に締結した日韓基本条約と経済協定を無視して慰安婦や徴用工への賠償を要求している。中国は、1992年に制定した「領海法」で東シナ海や南シナ海に勝手に線引きし、勝手に主張する領海内で現状変更を重ねてきた。これらの国々は、国連国際法委員会が条約に関する慣習法を成文化し、国際法上の規則を統一して1980年1月に発効した「条約法に関するウイーン条約」に加入している国であり、その条約の第27条には「当事国は、条約の不履行を正当化する根拠として自国の国内法を援用することはできない」と明記されている。
出るところに出て議論すれば、日本に利のあることが明白なのに、これら国々は国際的な場での解決も拒否して、ひたすら自国の主張を振り回す。第二次大戦の敗戦国として同じ立場のドイツと比べれば、隣国でありかつての敵国であったフランス、オランダ、ポーランドなどが、過去の怨念に捉われることなく、新たな友好関係を整然と結んでいる。要するに、隣国が大人の矜持を持っているかいないか、の問題であって、一朝一夕に改まるものでないことはもちろん、永遠に歩み寄ることのない関係かもしれない。
日本は、そうした状況を確と認識して、これら国々との交わり方を熟慮すべきであろう。相手の首脳と何十回会ったなどと回数を自慢しているようでは、何の進展も見られないことは申すまでもない。
(2019年4月3日記、一部敬称略)
内田忠男(うちだ・だだお)プロフィール:1939年フィリピン・マニラ生まれ。62年慶應義塾大学経済学部卒、読売新聞社入社。福島支局、運動部(64年東京五輪取材)、社会部を経て外報部。75年ロサンゼルス支局長。78年同退社、ロサンゼルスにあったUS-Japan Business News社副社長・編集主幹。80年テレビ朝日と専属出演契約、ニューヨーク駐在キャスター。88年局の要請で帰国、「内田忠男モーニングショー」91年からは夜のネットワークニュースのメインキャスター。この間、昭和天皇崩御、リクルート事件、東欧革命、第一次湾岸戦争など報道特別番組メインキャスター。93年から再びニューヨークに駐在。2001年9月11日の米同時多発テロでは発生から丸5日間、ほぼ不眠不休でリポートと解説を続け、テレビ朝日社長特別賞を贈られた。06年帰国、名古屋外国語大学・大学院教授、70歳を過ぎた10年からは同客員教授で18年度まで。この間も、各ネットワークの報道情報番組にコメンテーターとして出演。講演多数。歯切れ良い一刀両断のコメントで人気を博す。18年暮れ、肺がんの診断を受け、今年2月末、慶應義塾大学病院で右肺上葉切除手術を受けた。


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