2020年4月3日号 Vol.371

文:国際ジャーナリスト 内田 忠男
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拡大するウイルス感染と
ブロック化する世界



私自身の軌跡を振り返る物語を中断しなければならない事態が起きている。Chinese Virusが日本を、世界を、とりわけアメリカを痛撃しているからだ。あまりの深刻さに「終末」を口にする人もいる。
確かにこの危機は、ITバブルが弾けた時、9・11の同時テロ攻撃を受けた時、そしてLehman Brothersの破綻が引き金で世界同時不況に突入した時とは、質もスケールも比較にならない。加えてこの危機は、あまりにも唐突にやってきた。
今年の初め、中国湖北省武漢市で新型コロナウイルスによる新型肺炎が蔓延しつつあるという情報が流れた時、人々がすぐに思ったのは、SARSやエボラ出血熱ではなかったか。これらが深刻でなかったとは言わないが、世界中のヒト、モノ、カネの流れを止めてしまうほどのものと想像できた人が何人いたか?
「新型インフルエンザに似たようなモノでしょう」と楽観的に語る人が何人もいた。
「感染しても重症化はしない」と物知り顔で解説する人もいた。
それが三月もたたないうちに世界中を恐慌の底に引きずり込もうとしている。
「すべての準備ができている」とトランプ大統領が得意げに語っていたアメリカが世界最大の被害国になった。私は中国政府が公表するあらゆる数字を額面通りに受け取らないようにしているから、メディアが伝える新型コロナウイルスの数字も、中国分は正確ではないと考えている。感染者数も死者の数もヒトケタ違うと思っているので、アメリカの数字が世界最大とは思わない。が、中国は新型ウイルス感染の発祥国であり、それを世界に撒き散らすモトを作った国だから被害国ではない。被害を被った規模ではアメリカが最大、ということになる。中でも打撃を受けているのがNY、NJ両州だ。世界最大のビジネスの中心地であり、文化娯楽面でも巨大な供給地であるこの地域が、「これほどまで」と疑われるほどの全身不随状況を強いられている。
日本のメディアが多用するFRBでなく、アメリカ本国ではFEDとよばれる中央銀行・連邦準備制度が異例の緊急FOMC公開市場委員会を繰り返し開いて、事実上のゼロ金利に下げ、国債や担保証券を無制限で買い入れる量的拡大に乗り出した。ホワイトハウスと議会も、国内総生産の1割にあたる2兆ドルという超大型の経済対策を決めた。有史以来と言って良い。けれども、まだ先は読めない。いつ収束し、回復に向かうかの見通しに至っては、五里霧中としか言いようがない。
今更言っても詮無いことではあるが、初動段階での中国政府の対応は万死に値する。
状況を過小評価し、しかも公表しなかった。昨年暮れには武漢を中心に十分憂慮すべき状況になっていたのに、である。加えて、世界中の感染症を俯瞰しているWHO世界保健機関が何もしなかった。この機関の事務局長はエチオピアの元保健相。エチオピアという国はアフリカ北東部にあって、首都アディスアベバにはアフリカ連合の本部が置かれている。その巨大な建物を中国は丸ごと建設してエチオピアに与えた。無論それだけではない。中国の覇権主義を象徴する一帯一路政策のモデル国家として、港湾・鉄道はじめ各種インフラ整備にも巨額の投資をしている。テドロス・アダノムというWHO事務局長は、このウイルスの感染初期から中国に行き、習近平主席と直に会って「中国政府の対応・対策は非のうちどころがないほど素晴らしい」などとおべんちゃらを言って褒め上げ、感染が拡大した後も、中国の国際社会における立場を慮って緊急事態宣言の発出を思い切り遅らせた、誠に恥知らずな人物である。インターネット上では、この人物の辞任を求める署名活動が広がっており、3月26日段階で54万人にも上ったという。
一方中国は、独裁国家の利点で超強硬な感染抑止政策を全国的に展開した結果、3月半ばには、ほぼピークアウトした状況になった。すると今度は、感染が拡大した欧州諸国などに向け、習近平主席が直接電話をするなどして、マスクや医薬品、医療器具、人
材などの提供を申し出るという、これも恥知らずな挙に出ている。イタリアのコンテ首相には一帯一路とともに「健康のシルクロード」を作りたい、と持ちかけたと伝えられる。ディマイオ外相は「この困難な時期に私たちの傍にいてくれた人たちを忘れない」と発言したというから、おめでたいではないか。
このウイルスがもたらしたのは、感染対策の名の下に各国が競って国境を閉鎖し、ヒトとモノの流れを止めたことだ。第二次大戦の呼び水となったブロック化が期せずして現実のものとなる。ブロック化がグローバル化・国際協調と表裏をなすのは申すまでもない。
1989年の冷戦終結以降、世界は市場経済への統合でグローバル化の道を突き進んできた。しかもインターネットという新技術の導入で猛烈に加速した。新自由主義、新資本主義といった言葉がもてはやされ、欲望剥き出し、何でもありの利益競争が展開された。その結果がリーマンショックに帰結した金融危機だった。その危機に回復の兆しが強まると、今度は「We are 99%」、たった1%の人が富を独占しているという大衆の不満が表面化し、やがてそれが大衆の怒りに変化する。
それを吸収しようと出現したのがポピュリスト、大衆迎合主義者と言われる政治家たちであった。グローバル化に異を唱え、一国主義を主張して2016年の大統領選挙を制したトランプであり、それより先、英国のEU離脱を決める国民投票を主導し、今は首相の座についているボリス・ジョンソンであった。
何が言いたいかというと、反グローバル化の波は、新型コロナウイルスの広がる前からヒタヒタと押し寄せていたのである。それを否応なしに必要なものとして現実化したのが、今回のウイルスであった。
先に述べた通り、このウイルスがいつ収まるか、誰にもわからない。けれども、その収まった先に待ち受けるのが、どういう方向なのか……そこに最大の問題が潜んでいる。
覇権主義に突き進む独裁中国の存在も不気味な不安定要因になるだろう。新しい戦争を防げるか……。
翻って我が日本には、この困難な近未来を主導できるイデオローグがいない。頭の良くない総理と、その後継者さえ覚束ない与党と、政局づくりだけに奔走し、実現し得る政策は無に等しい野党……国家としての「終末」さえ懸念される状況である。(敬称略)


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