2022年3月11日号 Vol.417

文:国際ジャーナリスト 内田 忠男
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プーチンのウクライナ侵攻(1)
人知超えた暴挙蛮行

なんたる暴挙――21世紀の現代にあり得ない、あってはならないことが起きた。ロシアによるウクライナへの軍事侵攻である。主権国への一方的な侵略であり、理性も知性も欠いた蛮行と言わざるを得ない。40年前にロナルド・レーガン大統領が発した「evil empire=邪悪な帝国」という台詞が再び現実になった。到底看過することができないので、連載の筆を今回は休むことにした。

ロシアの大統領ウラジーミル・プーチンは、国際社会に「ロシア嫌い=russophobia」が広がっているとして不満を深め、ソ連時代の最大版図の復活と、皇帝をも超えた権力を望んできたように思える。それ故の強権政治を20年余も繰り広げてきた。

第2次大戦後の国際社会の規範とされている国連憲章は、その原則を定めた第2条4項で、領土や政治的独立に関し「武力による威嚇または行使」による現状変更を禁じている。プーチンは2014年にもウクライナ領だったクリミア半島を軍事力の威嚇と行使のもとで併合した。ウクライナで親ロシアのヤヌーコヴィチ大統領が議会に解任決議された政変に乗じて介入、クリミアの親露派住民を扇動して住民投票に持ち込み自国領土に併合したのだが、その過程では、親露派住民の武装勢力になりすましたロシア軍特殊部隊がクリミア自治共和国の政府・議会を占拠する主役を果たした。

実はこの時も、ロシア南西部のソチで冬季五輪が開催された直後で、北京五輪が閉幕した直後の今回と酷似しているが、プーチン自身は、クリミア併合後もウクライナへの干渉を執拗に続けてきた。直接的には、昨年7月12日に「ロシア人とウクライナ人の歴史的一体性」と題した論文の発表に遡る。それより先6月20日の国民との直接対話で、「ウクライナ人とロシア人は一つの民族」だと語っており、それをさらに詳細に説明し、親欧米派でEU=欧州連合やNATO=北大西洋条約機構への加盟を指向するウォロディミル・ゼレンスキー大統領(19年5月就任)を追放して傀儡政権を立て、ウクライナをロシアの勢力圏に引き込む強い意志が反映される内容だった。



核使用で威嚇

今年2月に北京で冬季五輪が始まると、軌を一にしたようにウクライナ侵攻の準備を始めた。20日の閉幕を見届けると、21日夜のテレビ演説で、ロシアと国境を接するウクライナ東部ドンバス地方、ドネツク、ルガンスク両州の一部を14年から占領している親露派武装勢力(人民共和国を名乗る、ロシア軍人と工作員が主力とされる) の独立承認を宣言、「ウクライナ人によるジェノサイドが行われている」という途方もないウソを理由に「平和維持部隊」の派遣を指示して軍事侵攻を既成事実化した。ウクライナに「非武装・中立化」を求めるというのは「ロシアによる全面占領」と同義である。さらにこの時、「ロシアは世界で最も強力な核大国だ」と脅しをかけ、27日には、「NATOから攻撃的な発言がなされている」という事実無根の理由で、核戦力を含む「抑止力部隊」に高度の臨戦体制に移行するよう命じた。正気の沙汰ではない。

24日朝、東のドンバスに加え、北のベラルーシ、南のクリミア半島の3方向からロシア軍が侵攻を始めた。侵攻と前後して、SNSなどを使って数多くのウソ、フェイクニューズが流された。「ジェノサイドの証拠となる集団墓地が見つかった」「ウクライナが化学兵器を使用する準備をしている」……自国の兵士にさえ、「これは実戦ではない、演習だ」「ウクライナの大統領はもう逃げ出した」とウソを吹き込んだ。

プーチンの出自が諜報・対外工作・秘密警察を任務としていたKGB(ソ連国家保安委員会』だったことはよく知られている。1985年に東独のドレスデンに派遣され、90年までの駐在中に、ベルリンの壁と東独政府の崩壊、西独への吸収合併……を目の当たりにした。それが、自由と民意を至上のものとする西側諸国への強い敵意の源になったとする説がある。

ドレスデンからレニングラード(現サンクトペテルブルグ)に戻り、91年末には全てを捧げてきたソ連邦という国家の解体消滅に遭遇して、政治の道に入る。96年にはモスクワに移ってエリツィン・ロシア連邦大統領の政権に参加、連邦保安庁長官などを経て99年8月には首相に起用され、独立指向派との間で武装闘争に発展したチェチェン紛争の解決に辣腕を振るった。同年末、エリツィンが大統領辞任を表明すると、大統領代行に就任、4ヵ月足らずで大統領に選出された。大統領任期に連続2期の制限があったため、2008年からは側近メドベージェフを大統領にして首相の座に就いたが、その間に憲法を改正して12年大統領選で復帰、18年にも再選され、一貫してロシアの最高指導者の地位にある。さらに21年4月の国民投票で、あと2回再選され得る憲法改正を成立させ、84歳になる36年まで大統領を務められることになった。薄汚い私欲にまみれた長期独裁政権である。

この間、国内では、プーチンを批判していた人物が次々不審の死を遂げたり、殺されそうになってきた。毒殺から放射能物質まで使った例がある。告発して裁きにかける正当な理由がないから「抹殺」という手段を選ぶ。外に向けては、諜報工作員だった経歴から、数多くのデマゴギーをばら撒いて相手を撹乱し、その虚に乗じて力に訴えるのが常套手段だ。国家主権を侵すことに罪悪感など一切ない。

これほど露骨な悪意に満ちた大国のリーダーを私は知らない。

タイムズ・スクエアでウクライナ侵攻へ抗議するニューヨーカー(2022年2月25日)

対応にも不満

ところが、この悪人を賞賛したアメリカ人がいる。前大統領だ。プーチンの電撃的侵攻を聞いて、最初に発した言葉が 「This Is genius, how smart, pretty savvy……天才だ、頭が良い、やり方を心得ている」……。

現大統領の対応にも不満が募る。冬季五輪の最中から、「ロシアの軍事侵攻は喫緊に迫っている」……オオカミ少年の如く幾度も繰り返したが、それで何をしたというのでもない。これを見てプーチンは、「ウクライナに侵攻しても、アメリカが武力で対応する見込みはゼロ。混迷を極めた昨年のアフガンからの米軍撤退を思えば、米軍の対応はあり得ない」との見方を固めたであろう。ジョー・バイデンは足元を見られ、甘く見られ、軽んぜられた……のである。

気候変動による異常なまでの自然災害の頻発に加えて、中国発のウイルスに世界中で5億人近くが感染し、600万を超す命が失われた。各国政府は数百兆円に上る緊急支出を迫られた。

そこに今度はロシアによる戦争だ。無数の命が失われ、破壊と混乱が世界を覆う。

自由と民主主義を尊ぶ陣営は、プーチンと習近平という二人の強権政治家に振り回されている印象が強い。日本人も自国の安全保障、領土領海をどう守るか、本気で考え直す必要がある。中国も「武力による現状変更」を重ねている。「アメリカが守ってくれる」などと考えてはいけない。そもそも、無人島の尖閣を今のアメリカが本気で守ってくれると思うか? (一部敬称略)


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