2016年12月23日号 Vol.292

肉体の限界超える創造力
人々に勇気与える音楽
ギタリスト/作曲家:ジェイソン・ベッカー



カコフォニー時代のジェイソン・ベッカー(右から2人目)。右端はギタリストのマーティー・フリードマン。


横たわる魂が無音の世界で受け取る旋律のメッセージ。肉体の機能が停止しても、人間の創造力は決して休むことなく進化を続ける。神に選ばれた不運の天才ギタリスト、ジェイソン・ベッカーは、逆境を乗り越え、今ここに金字塔を打ち立てる。

1969年7月22日、ジェイソン・ベッカーはカリフォルニア州リッチモンドで誕生した。16歳でマーティー・フリードマン(元メガデス)と史上最強のメタルギターデュオ、カコフォニーを結成すると、「Speed Metal Symphony」(87年)、「Go Off!」(88年)という2枚のアルバムを次々と発表。超高速・速弾きツインギターという前代未聞のソニック・ハーモニーを世界へ叩きつけた。
マッハのスピードで駆け抜けるツインギターと重厚なメタリック・サウンドで、ヘヴィメタルのギター界に衝撃を与えるが、儚くも短命に終わり、2人は各々の道を進み始める。自己の世界を追求するジェイソンはソロ・アルバム「Perpetual Burn」(88年)を発表するなど解散前からソロ活動を続けていたが、溢れんばかりの才能を世界が放置する訳がなく、アメリカン・ハードロックバンド、ヴァン・ヘーレンのリードシンガー、デビッド・リー・ロス・バンドのメンバーに大抜擢される。成功への切符を手に入れたジェイソンは、アルバム「A Little Ain't Enough」(91年)で、その才能をさらに発揮した。
しかし、神はこの若き天才ギタリストに、あまりにも酷い試練を与える。ALS(筋萎縮性側索硬化症)がジェイソンを襲ったのだ。
別名ルーゲーリック病と呼ばれるALSは、体の筋肉の動きを止めてしまう難病。縦横無尽にギターの指板を滑走していたジェイソンの指は、次第にスローモーションとなり、ついにはギターから落下する。やがて言葉を発することすらできなくなったジェイソンの体を受け止めるものは、もはやベッドしかなくなり、医師に3年から5年の余命と宣告される。1989年のことだった。

授かった生を置き去りにはできないと、ジェイソンは決して諦めることなく生きることに執念を燃やし、コミュニケーション・ツールとして、父ゲイリー・ベッカーと「ヴォーカル・アイズ」(Vocal Eyes Becker Communication System)を開発する。これは、目の動きの組み合わせによって、チャートに配置されたアルファベットを特定し、それを繋げていくことで単語、文章を目で綴り、ジェイソンの意思を読み取る独自のシステムだった。このおかげで、作曲に欠かせない周囲の家族を始め、プロデューサーとの意思疎通が可能になる。
「ほとんどの場合、僕がベッドで横になっている状態で、音楽(旋律)が舞い降りてくる。楽器もない静寂の中で作曲をするんだよ。ギターを常に持って作曲していた昔とは全く違うね。そして、曲をコンピューターに記録したら、次に試行錯誤をして、自分が求めている音を模索していく」

ALSと診断されて27年が経過した今年、医師の死の宣告を頑なに拒み続けるジェイソン・ベッカーは、新たなレコーディング・プロジェクトに着手した。
「アルバムを作る!」その強い思いは家族や友人たちを動かし、クラウドファンディング「インディーゴーゴー」で、2016年11月に目標額の123%となる9万6050ドルを集めた。
「毎日、音楽を作るのが楽しいんだ。この状況を作ってくれた全てのサポーターに感謝しているよ。完成する僕の心からの音楽を、きっと気に入ってくれると思う」と感謝しつつ、自分の音楽に責任と自信を持つジェイソン。
「昔は音楽が人生そのもので、音楽は人をも動かすことができると感じていた。でも、最近、音楽に限らず、この世界では、どんなことでも、僕たちが思っているほどは重要ではないと思うようになってきているんだ。みんな色んなことに、すぐに大騒ぎするけど、次の瞬間には忘れてしまう。そんな中で僕は愛と哀れみだけが重要だと思っている。ただ音楽は間違いなく、僕を幸せにしてくれるし、力強い何かを感じさせてくれる。僕の今の究極の目標は、それを求めている人たちと僕の音楽をシェアすることなんだ」
そう語るジェイソンは、今、一秒たりとも生から逃げることなく、一音一音を紡ぎながら、新しいアルバムを完成させることに情熱を燃やしている。
「(カコフォニー時代)日本へ行った時、人生で最良の思い出ができました。読者の皆さんが、手に取れるだけのささやかな幸福感を感じ、2017年が喜びに満ちた1年になるよう心より祈っています」

地球規模で見れば、1人の男の人生などミクロの世界かもしれない。しかし、人間の創造力は肉体の限界を超え、無限に宇宙へ広がる力を持っている。ギターを弾くことは許されなくなったが、ジェイソン・ベッカーの魂の音楽は、山奥から静かに湧き出る清水のように、瑞々しさを放ちながら、次第に大きな水の流れとなり、今もなお、人々に勇気と感動を与え続けている。(河野洋)

ニューアルバムの発表は2017年夏を予定。最新情報はベッカーのオフィシャルサイト(下記)で。
jasonbecker.com



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