2016年12月02日号 Vol.291

自らが受けた恩恵を
音楽通し、世界へ還元
フルート奏者 藤井香織



音楽のメッセンジャーは、音の便りを世界中の人々に届けるのが仕事だ。その道は地図にない音で繋がる永遠の響き。

クラリネット奏者の父とピアニストの母と姉。東京の『ミュージックハウス』に生まれた藤井香織(ふじい・かおり)は、姉の長時間の練習を見て、「楽器はやっちゃいけないもの」と幼心に楽器から距離を置いた。
しかし、11歳の時に見た両親と姉のコンサートが少女の心を急変させる。公演前は連日練習に励み、当日は華やかな衣装に身を纏う。全ては家族3人が中心で、彼女だけが蚊帳の外だった。コンサート終演後、両親に告げた。「私も楽器をやってみたい!」
手に取った楽器は、家にあったというフルート。音楽一家の特権か、すぐさま素晴らしいフルートの先生につくことができた。先生の出す途轍もない量の宿題も平気だった。「砂場で飽きることなく、何度も城を作っては壊す子供の遊びのようなものでした」
藤井は当時、フルートを吹くのが楽しくてたまらなかったと言う。
姉と同じ芸術大学付属高校に入学すると、1年生で毎日新聞学生音楽コンクール、2年生で米国のコンクールで優勝し頭角を現した。3年生で日本木管、大学1年生で日本管打楽器、2年生では日本音楽という日本3大コンクールを、全て最年少で1位受賞という偉業を成し遂げる。
東京藝術大学卒業後は、シュトゥットガルト国立音楽大学を最優秀で卒業。プロ音楽事務所の専属アーティストとしてレコードデビューし、5年ほど日本とドイツを頻繁に行き来した。藤井は、クラシック・アルバムと並行して、J・S・バッハをクロスオーバーに演奏した「バッハ:アリア」(2000年)や、エンニオ・モリコーネの作品を集めた「ロマンツェ・ディ・モリコーネ」(2003年)などのJクラシックもリリースした。
2006年になると、ニューヨークでレコーディングする機会を得る。アントニオ・カルロス・ジョビンの作品をラテン・アレンジで演奏するというテーマだった。メンバーはベンジャミン・ラピダスやウィリアム・『ビーヴァー』・バウシュと言ったラテン界の大御所たち。
ラテン音楽という異質のジャンルに最初は戸惑ったが、彼らの一言で吹っ切れる。「ジャンルの違いを気にする必要はないよ。音楽は良いか悪いかだけさ。伸び伸び吹けばいい」。この時の演奏は「イパネマの娘」(2007年)に収録された。
そんなミュージシャンたちが無数に混在する音楽都市に魅惑され、藤井は2008年にニューヨークに移住を決める。音楽家としての在り方を考える為に、仕事も生活の基盤も何もない外国へ「自分探しの旅」に出たのだ。

ニューヨークでの音楽活動も軌道に乗り始めた2014年1月1日、パーティーである女性に、2週間後にコロンビア大学で行われるという異業種コンファレンスを紹介され、シャンパンの勢いもあってスピーチを快諾してしまう。
当日のプログラムに名を連ねる各界の教授、学者、社長、重役にたじろぐ藤井。自分は音楽家としての過去の功績について語るつもりだったが、他の講演者は自分たちが培ったものを使って、如何に社会や世界に貢献できるかという主旨のスピーチがほとんどで、愕然としてしまう。「私」にばかりフォーカスしていた藤井は「音楽人」から「地球人」に生まれ変わる必要性を痛感した。
世界に対して何ができるのか? 自分のキャリアの中で一番満たされたことが何だったかを考えてみた。それは、カーネギーホールで演奏などの華やかな功績ではなく、中南米の国で現地の子供たちに音楽を教えたことだった。
藤井は、以前ドキュメンタリー映画で見たコンゴ民主共和国のアマチュア楽団を思い出し、同年6月、リサーチの為に自費でコンゴへ飛んだ。
「たくさんの問題を抱える最貧国の一つコンゴで活動出来たら、どこでもやっていける」
そう思った藤井は、同年8月に非営利団体「MUSIC BEYOND」を設立、10月にキックスターターを成功させ、12月に再びコンゴの地で音楽教師育成プログラムを開始した。
「MUSIC BEYONDはスターを生み出すことが目的ではありません。これまで音楽を通して私が受けたような恩恵を、音楽を学ぶ機会が少ないアフリカの人、世界の人たちに伝えていくことが使命なのです」
MUSIC BEYONDが、12月7日にベネフィット・コンサートを行う。これまでは他のミュージシャンたちの演奏を中心にプログラムしてきたが、今回は初めて、音楽家「藤井香織」を全面的にフィーチャーし、J・S・バッハなどのクラシックの名曲を熟練されたフルートで聴かせる。
「自分のソロコンサートをやるべきか最初は迷いましたが、周りの人に背中を押され、やることを決めました」と意気込みを見せる。

音楽は人生という名のメッセージだ。音楽メッセンジャー藤井香織は、そのメッセージをフルートの音色に乗せて、次の地へ、次の人へ伝えていく。音楽の向こう側が輝くように。(河野洋)

MUSIC BEYOND
BENEFIT CONCERT
■12月7日 (水)19:30pm
■会場: ブルックリン音楽院
 58 7th Ave. Brooklyn
■チケット: $20
www.musicbeyond.org/mbbc2016


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