2016年7月22日号 Vol.282

体験と空間を共有
ジャンル問わない「ハート」
ジャズギタリスト 中井勉


テクノロジーの発達で今や何万曲という音楽をポケットに入れて持ち歩ける時代になった。しかし、瞬時に好きな曲が再生できても代用できないのものがある。それは体験と空間の共有を可能にするライブミュージックだ。

ブルックリンのダウンタウンにあるバーレストラン「マートル&ゴールド(Myrtle & Gold )」。ここで「ジャズ」をスパイスに客足を引き寄せる男がいる。それがジャズギタリスト中井勉(なかい・つとむ)だ。
「この辺りはフォートグリーンと言われる地域ですが、ちょっと中途半端な所なんです。通りを挟んで、高級ハイライズマンションもあれば、メトロテックセンターがあるビジネス活性化地区もある。ここから遠くない所にはプロジェクト住民地区もあります」
そんな所で、ライブジャズを披露する中井の目的は、面白い奴らが気軽に立ち寄り、語りの場を演出する「サロン」を作ることだ。一見、普通のバーレストランだが、これまで、ラッセル・マローン、ケニー・ワシントン、カサンドラ・ウィルソンなどの著名ジャズメンたち、他にも画家や建築家、フライ級世界チャンピオンのボクサーまで来たと言う。
「良い意味で所詮レストランギグですが、色んな業種の方も含めて、交流の場になってます。高い音楽レベルを維持しつつ、『あそこに行けば面白い事をやっている』とか『居心地がいい』みたいなサロンを目指しています。今まで散々繰り返してきた事(ライブ)ですが、ここが他にない環境である事は間違いありません」と語気を強める。
このレストランギグが始まったきっかけは中井のソロギターだった。
「ある日、(レストラン)オーナーの友人に言われるがまま、ギターを持ってマートル&ゴールドに連れて行ってもらいました。そこで頼まれてギター1本でソロ演奏したんです、そしたら、『来週からライブだ!』と言われて間もなく、レストランギグがスタートしました」と笑う。

中井がギターを始めたきっかけは、ドラムをやっていた兄貴の影響だった。何故か家にあったフォークギターを何となく触り始めたのが12歳の頃、兄の部屋に貼られていたフライングVを弾くマイケル・シェンカー(ギタリスト)の巨大なポスターが衝撃だったと言う。そして、当時学校で書いた将来の夢は「プロのギタリストになる」だった。
大学でジム・ホールのギターに触発され、ロックからジャズに転向。アン・ミュージックスクール京都で音楽理論一般を学び、プロのジャズギタリストとして関西を中心に活躍した。1997年にニョーヨークへ単身渡米。
「ジャズギターを始めた頃から、音楽に限らず、日本の縦社会や右ならえのような考え方に違和感を感じていました。日本の緻密に計算されたものよりも、見た時に感じる美しさを大切にしたいし、綺麗(均一化した)なものが美しいわけではないと思います」と話す。
そのジャズは、中井にとって礎となるものだが、今は逆にそれから離れたいと言う。
「正直何でもありだと思いますし、ジャズを壊そうとしている自分もいます。ジャズって何なのか、今でも探しているんです。恩着せがましい演奏はしたくない。ジャンル問わず、その人の歌い方、その人のハートが聞こえたら素晴らしいと思います」
その中井を支える重要なリズム隊がロニー・プラキシコ(ベース)とデュエイン・クック・ブロードナックス(ドラム)だ。中井にとって彼らは助さんと格さんのような存在だと言う。
「ロニーとクックに振り落とされないように、フロントマンとしてやらせてもらっていますが、この最高のメンバーと毎回何をやってやろうかと企んでいますし、一緒に毎週ライブができるのが楽しくて仕方がありません」と音楽の追求と共に、中井サロンのコミュニティ作りにも力が入る。

ここ12年は毎年夏に日本ツアーを行っている中井だが、出発前に「レストランギグ」を8月10日に行う。リスナーの聴き方次第で、中井の音楽は会話の間を埋めるバックグラウンドミュージックになってしまうかもしれない。しかし、そこには偽りのない真のライブ音楽が横たわっており、真摯に耳を傾ければ、中井のギターがハートに語りかけてくるだろう。(河野洋)

Tsutomu Nakai Trio
■8月10日(水)7pm-10pm(3セット)
 ※9月から毎週水曜日
■会場:Myrtle and Gold
 343 Gold St., Brooklyn
 Tel: 718-858-8178
■カバーチャージ無し
www.myrtlegold.com



河野洋: 名古屋市生まれ。12歳でロックに目覚め、ギター、バンド活動を始める。89年米国横断、欧州縦断のひとり旅の後、92年NYに移住。03年ソロアルバムのリリースと同時にレコード会社、Mar Creation, Inc.を設立。現在は会社では、アーティストマネジメント、PR、音楽、映像制作などエンターテイメントに関連するサービスを提供するかたわら、「NY Japan CineFest」「j-Summit New York」などのイベントをプロデュース。その他にも、エイズ、3.11震災後の日本復興に関わるチャリティイベントや、平和、社会、環境問題などをテーマにしたプロジェクトにも積極的に取組んでいる。 ウェブサイト : www.marcreation.com / メール: contact@marcreation.com
「オンガク喫茶」のこぼれ話はブログ「ゼロからのレコードレーベル」
HOME