複合現実コンサート「KAGAMI(鏡)」
空間に蘇る坂本龍一
未来のライブを具現化
「坂本龍一」と聞いてまず思い出すのは、初めてテレビで観た「イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)」のライブだ(おそらく、1980年のアメリカ・ツアー時の放送だと思われる)。それまで聞いたことのない電子音は、昭和のアイドル・山口百恵のファンだった田舎の中学生(筆者)には衝撃的だった。

その他、映画「戦場のメリークリスマス」のために作られた楽曲「メリー・クリスマス・ミスター・ロレンス」に感動したこと、映画「ラストエンペラー」で日本人初のアカデミー賞作曲賞受賞を同じ日本人として誇らしく思ったこと、これらが筆者の「坂本・ベスト3」だ。
7月2日(日)まで、ハドソンヤードのシアター「ザ・シェッド(The Shed)」で開催中の「KAGAMI(鏡)」は、坂本氏と、バーチャルリアリティ(複合現実)コンテンツを製作するスタジオ「ティン・ドラム(Tin Drum)」が協力して完成させた「複合現実コラボレーション(Mixed Reality Collaboration)」によるライブ・パフォーマンス…と聞いて、ピンと来る人は少ないのではないだろうか。
VR(仮想現実)とAR(拡張現実)の違いが、ようやくわかるようになった「カセットテープ世代」の筆者が、「ライブパフォーマンスの未来」を体験してきた。世界初演。

来場者はまず、巨大な坂本氏の写真と、映像がループ上映された部屋=写真①=に通される。映像では坂本氏が、「自然が生み出す音」にこだわりを持っていたことが窺える。
上演時間になり、いよいよ「ライブ会場」へと移動=写真②=。円形に並べられた椅子に座るよう促され、自由に着席。スタッフから「マジック・リープ(Magic Leap)」と呼ばれるARヘッドセット=写真③=を渡され(ちなみに1台3000ドル以上!)、簡単な説明を受けて待機する。
このヘッドセットを装着した時点で、部屋の中央に赤い立方体が見えるようになるが、これが見えていなければ機械のエラーなのでスタッフに伝えること。
ARといえばスマホゲームの「ポケモンGO」で時が止まっていた筆者の期待は、否応なしに膨らんだ。
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全員の準備が整うと、「ショーが始まった後は自由に移動できます」と案内が流れ、いよいよ開幕。薄暗かった会場が暗転すると、中央にグランドピアノを弾く坂本氏がスゥーと浮かび上がった=写真④=。ホログラフィーで表現された坂本氏がピアノを奏でるなか、意思を持ったように動くスモークや、手に取れそうな紙吹雪が、何もない空間を飾っていく。
ひとり、またひとりと席を立ち、周囲を歩いたり床に座ったりと、思い思いに行動する参加者たち。興味深かったのは、バーチャル映像の坂本氏はクリアに見える一方で、実在しているはずの観客が、幽霊のように半透明になって見えることだ。説明にあった「バーチャルがリアルに、リアルがバーチャルに」の意味がやっと理解できた。

演奏曲は、「メリー・クリスマス・ミスター・ロレンス」を含むオリジナル10曲。哀愁を帯びた旋律と、斬新な映像美を融合させた幻想的なショーが展開されていく。特に、後半に仕掛けられたある演出には、生命の神秘、神々しさを感じる程だった(このシーンは実際に初見で感動して欲しいため、詳細は伏せておく)。
残念だったのは、主役のバーチャル坂本氏の画質が不鮮明だったことと(老眼のせいか?)、ARヘッドセットの冷却ファンの音が少々気になったことだ。 とは言え、バーチャルリアリティはまだまだ発展途中。古い映画が「4Kデジタルリマスター」で蘇るように、「KAGAMI」もまた、テクノロジーの向上とともに進化するのは間違いない。
最後にひとつ。コンサートであれパフォーマンスであれ、その感動が強ければ強い程、盛大な拍手を送りたくなる。今回、バーチャル・コンサートであることは理解していても、この世で実際に、坂本氏へ拍手を送れないことが残念でならない。
いずれにせよ、YMOでは「これまでに聞いたことがない音」を、「KAGAMI」では「これまでに観たことがないコンサート」を体験。ライブパフォーマンスの未来を具現化した「KAGAMI」は、誰にとっても「坂本・ベスト」のひとつになるだろう。
- KAGAMI
by Ryuichi Sakamoto and Tin Drum
■6月7日(水)〜7月2日(日)
■会場:The Shed / Griffin Theater
545 W. 30th St.
■チケット(時間指定予約制):
一般$36〜、学生/シニア$31〜
■https://theshed.org