2016年05月13日号 Vol.277

ラテンのルーツ再確認
驚異的なリズムウェイブ
パーカッショニスト サミュエル・トレス


人類が誕生した時からリズムは血と体の中に宿っている。いつの時代も世界中で音楽が愛される理由は、人々の中にある人生のメトロノームが常に時を刻んでいるからだ。

コロンビアの首都ボゴタに熱きラテン・パーカショニストが誕生した。家族や親類ほぼ全員がミュージシャンという、音楽から絶対に逃げられない環境に生まれたコンガの天才児サミュエル・トレス。しかし、それとは裏腹に彼の音楽家への道は険しかった。
幼い頃、祖父母が亡くなると家の中の楽器は全て処分された。親にできることは、できるだけサミュエルに苦労をさせないこと。不安定な音楽家を生業にする可能性を極力否定する必要があった。
「ミュージシャンが如何に苦労の多い職業かを悟っていたお袋は、僕に決して楽器を触らせないようにしたのかもしれない」と昔を振り返る。当時のサミュエルにとって、音楽家になる夢は果てしなく遠い星に見えた。
しかし、蛙の子は蛙。一人で家にいることが多かったサミュエルは、レコード(音楽)を聴く日々の中、机を両手で叩くことでビートを叩きだし、生活にリズムを生み出す。
中でも彼に影響を与えたのが、70年代にニューヨークのサルサ・シーンで頭角を現した叔父のエディ・マルティネス、そして、コンガ奏者のレイ・バレット、サルサの王様ティト・プエンテという先駆者たちだった。サルサのリズムに心が踊る。
ラテン・ビートがサミュエルをぐいぐいと引っ張って行く。彼の音楽家への決意は揺るぐことなく、時は刻まれ、そして、ある日、ついに母親を説得する。彼が13歳の時のことだ。
「ミュージシャンになるには遅過ぎるよ。死ぬ気で音楽に取組まないといけない。その準備はできているのかい?」しかし、母親の重圧より、音楽ができる歓びの方が遥かに大きかった。
朝7時から午後2時まで学校に通い、下校後は夜の8時まで音楽学校で勉強。帰宅して宿題を2時間ほどしたら、朝方までバーでサルサを演奏する日々。カトリックの厳しい教えの中、クラブに出入りしているなどとは口が裂けても言えず、3年間、同級生にも内緒だった。

学校を卒業すると、憧れのニューヨークへ一歩近づく為に、アメリカのラテン都市マイアミへ移住する。そして4年間に渡り、リッキー・マーティン、マーク・アンソニー、シャキーラなどラテン音楽の著名アーティストとレコーディングやライブで共演し、音楽業界の人脈を広げた。
サミュエルはそんな中、練習に練習を重ね、ステップアップする時期を密かに狙っていた。ニューヨークは人種のるつぼ。ミュージシャンとて同じこと、世界中から集うアーティスト集団の中で、充分な音の個性で主張できる実積と経験は絶対に必要となる。
「最初は憧れのアーティストを真似たりするし、そうしていたけど、そんなアーティストたちが住むニューヨークで、彼らの物真似をしていては生き残れないだろう。自分自身の声で主張することが大切だと思っていた」
機が熟した2002年、サミュエルは念願のニューヨークへ移住した。

その後、彼が共演したアーティストは、パキート・デリヴェラ、チック・コリア、ルーベン・バルデス、タリア、ボストン・ポップス、ベルリン交響楽団と、ラテン・ジャズ、サルサ、ポップス、クラシックの一流どころが名を連ねる。母の懸念は取り越し苦労に終わり、コロンビアを飛び出したサミュエルは名実共に世界トップクラスのラテン・パーカショニストの一人となった。
「何があっても僕はコロンビア人だと思っている。ニューヨークに長くいるけど、22歳までコロンビアにいたし、この3年に至っては頻繁に故郷へ帰って自分のルーツを確かめるようにしている。これは、とても重要なこと。音楽はもちろんのこと、文化、価値観、家族、友達、食べ物、全てに置いて自分のルーツを再確認することで、自分がどこからやってきて、何者なのかを改めて再認識する。アイデンティティ、それは絶対に忘れてはいけない」

人々の生活とリズムは密着している。話す時も、歩く時も、心臓にもリズムがある。それは、時と時を結ぶ生命のガイドライン。サミュエルの驚異的なリズムウェイブを身体で感じ、独特のリズム・ワールドを体験して欲しい。平凡な生活に、きっと新たなビートを注入してくれることだろう。必見のパーカッショニスト、サミュエル・トレス。(河野洋)

Samuel Torres Group
■5月25日(水)7:30pm
■6月22日(水)7:30pm
■会場:Club Bonafide
 212 E. 52nd St. Tel: 646-918-6189
■$15(入場21歳以上)※2ドリンクミニマム
clubbonafide.com


河野洋: 名古屋市生まれ。12歳でロックに目覚め、ギター、バンド活動を始める。89年米国横断、欧州縦断のひとり旅の後、92年NYに移住。03年ソロアルバムのリリースと同時にレコード会社、Mar Creation, Inc.を設立。現在は会社では、アーティストマネジメント、PR、音楽、映像制作などエンターテイメントに関連するサービスを提供するかたわら、「NY Japan CineFest」「j-Summit New York」などのイベントをプロデュース。その他にも、エイズ、3.11震災後の日本復興に関わるチャリティイベントや、平和、社会、環境問題などをテーマにしたプロジェクトにも積極的に取組んでいる。 ウェブサイト : www.marcreation.com / メール: contact@marcreation.com
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