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Vol.179:2012年4月6日号
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よみタイムVol.179 2012年4月6日発行号
アメリカ人でありながら、日本を救った日系兵士たち
ドキュメンタリー「MIS」
「自害ではなく、生き延びて日本復興を」
タケジロウ・ヒガ(MIS元兵士、帰米)MIS兵士として、沖縄でかつてのクラスメートや先生の尋問を行うことになる。敵兵などが潜伏する洞窟に向かって沖縄の方言で必死に「自害ではなく降伏を」と説得した。

ジョージ・アリヨシ(MIS元兵士、元ハワイ知事)MISとして、また政治家として生涯をかけて日系人や、その他の市民の地位向上を目指した政治家。

トーマス・サカモト(MIS元兵士、帰米)連合国軍側の記者たちの通訳として原爆投下後の広島を訪れ、その惨状を目の当たりした。1961年のアイゼンハウワー大統領の沖縄訪問時には通訳を務めた。

ハリー・フクハラ(MIS元兵士、帰米)両親は広島の出身で、原爆投下により家族が被爆。兄弟は日本軍に入隊しており、日米に分かれて戦わねばならなかった。

グラント・イチカワ(MIS元兵士)日系退役兵士協会(JAVA)の重要な役員として90歳を越える今もなお現役で、多くのJAVAの活動に中心的存在として参加している。
ミリタリーインテリジェンスサービス(MIS)陸軍情報局は、主に日系人二世で構成されていた。二世兵士たちは父母の祖国、日本と戦う苦悩だけでなく、米国内では人種差別と戦わねばならなかった。それでもアメリカに忠誠を誓って戦い、米軍勝利に大きく貢献した。
 敗戦し、降伏よりも死を望んでいた日本兵たちに、MISの日系人たちは、生き延びて日本復興のために尽くすよう説得。日本占領時には、日米の架け橋として日本再建に尽力し、多大な貢献をした部隊であった。
 それにもかかわらず、秘密情報部員という性格上、MISの存在は長い間、極秘扱いにされた。
 国家機密情報などの公式公開が始まるきっかけとなった1972年のエグゼクティブオーダー11652の発令により、MISの存在も公に知られることになるが、多くの元MIS兵士たちは、その後も沈黙を守り続けた。
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 映画では、この知られざる日系史を語り、戦争と平和を考え、MISの日系人たちが日本とアメリカの「国」に翻弄されながらも、いかに両国のために尽くしたか、いかに日本の戦後復興を助けたかを描いている。
 現在、MIS元兵士たちの平均年齢は高く、多くは90歳を越えている。
 「今、彼らの証言を撮らなければ、この素晴らしい活躍を語る生の声が永遠に失われてしまう」
 すずき監督は、製作を急いだ。
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 MISの中には「帰米」という「アメリカで生まれ、日本で教育を受けた人々」が多数おり、彼らの苦悩は単純ではなかった。
 ある兄弟は、日本に行って教育を受け、兄は学校を終えてアメリカに戻る一方、弟は日本での修学を終える前に戦争が勃発。兄弟は互いに敵国兵士として戦かった。これと同じ境遇の人々が少なからずいたという。
 日本ではアメリカ人として差別され、アメリカではジャップと蔑まれたMISの兵士たち。すずき監督は、両国の為に尽力した彼らの人生を描くことで、「国を愛することとは何か」、「戦争の矛盾」、「人種差別の哀しみ」、そして「平和の尊さ」を訴える。
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 撮影はワシントンDCから始まった。元MIS兵士であり、元アメリカ合衆国運輸長官を務めたノーマン・ミネタ氏をはじめ、多くの政府関係者や元MIS兵士たちが登場する。
 ハワイには多くのエネルギッシュな元二世兵士が健在している。ダニエル・イノウエ上院議員(元442兵士)、元知事のジョージ・アリヨシ氏(元MIS兵士)など、多数の元二世兵士たちをインタビューし、生の声を収めている。
 また、ウクレレ奏者のジェイク・シマブクロ氏は、第二次世界大戦中の二世兵士の偉業を重んじるハワイアンの一人。日系人退役兵士たちのための演奏活動でも評価され「ハワイ出身の日系人兵士たちも多くいた。彼らの払った犠牲のおかげで、自分は日系人として良い生活を送ることができている」とコメントしている。
 そして日本。マグニチュード9・0の地震が日本を襲ったのは、撮影隊が日本入りする2週間前であった。その被害規模は類を見ないものであり、誰もが驚愕した。
 しかし世界中のジャーナリストは、あの惨状の中でも、日本人が秩序を保ち、お互いに協力し合い、助け合っている姿を見て賞賛している。
 そして、多くの元MIS兵士は「自分たちはこれとよく似た光景を、戦後の日本に見た」という。
 戦後、日本は焼け野原となり、人々は貧しく、餓えていた。再び立ち上がろうと、日本人は懸命に働いた。そんな日本人の勤勉さ、互いを思いやる心、忍耐強さを感じたMIS兵士たちは、日本人を助け、日本の復興に重要な役割を果たした。日本語を話す二世兵士が日本とアメリカの掛け橋となったのである。
 撮影隊はさらにサンフランシスコ、ロサンゼルスなどを巡り、80人にも及ぶ関係者の証言を得ることができた。
 「日本人はあまりにも日系人の事を知らなさすぎる。MISが忘れ去られる前に、彼らの言葉を世界に伝えなければならない」という、すずき監督の使命感により、この映画は完成した。

ニューヨークでの上映情報

4月6日(金)〜12日(木)
QUAD CINEMA
34 W.13th St.
www.quadcinema.com
●MIS-Human Secret Weapon
1:00pm、7:30pm

4月21日(土)・22日(日)
Japan Society
333 E.47th St.
www.japansociety.org

●442-Live with Honor, Die with Dignity
11:00am、4:20 pm

●MIS-Human Secret Weapon
1:40pm、7:00pm

MIS 作品情報
www.mis-film.com