2016年2月26日号 Vol.272


伝統を揺さぶる男
アルプス・ロックの神髄
フーベルト・フォン・ゴイゼルン


オフ・ブロ「オールド・ハッツ」に出演するシェイナ(中央) 
OLD HATS, (l to r) Bill Irwin, Shaina Taub and David Shinner, Photo © Kevin Berne


モーツァルト、シューベルト、ハイドン、オーストリアが生んだ偉大な音楽家たちは、数々の名曲を残した。その同じ国から、アルプス山脈に響き渡るヨーデル・ロックを歌う男がいる。それが、フーベルト・フォン・ゴイゼルンだ。
1952年にバート・ゴイゼルン州で生まれたフーベルトは、山の麓で森とアルプス音楽に囲まれて育った。「指揮者になりたい」そう両親に夢を語った5歳の少年は、12歳になると生まれて初めての楽器トランペットを手に、ブラスバンドに加わる。16歳でオーケストラに参加するものの、肩まで伸びた長髪は音楽性に相応しくないと3年後にバンドのリーダーからクビを宣告される。
当時、ブルース、ロック、ポップスに刺激を求めていたフーベルトは、次にエレキ・ギターに没頭する。そして、初めてのオリジナル曲を作り、自己のバンドを結成。
心を揺さぶる音楽。ブルースのタジ・マハール、シタールのラヴィ・シャンカル、ロックのジミ・ヘンドリックス、ジャズのマイルス・デイビスと言ったミュージシャンは若きフーベルトに多大な影響を与えた。
20代の大半は、南アフリカ、カナダ、フィリピンに住み、世界の空気を吸った。トロントではフラメンコ・ギター、鼻笛(Noseflute)も学ぶ。
「あの頃に持っていた、他の国や文化の音楽伝統への探究心が、自分自身の伝統への疑問と拒否を助長した。それで、フィリピンにいる時にアルプス音楽を自分なりに再構築しようと決めたんだ」
その後、ウィーンの音楽大学で電子アコースティック実験音楽を勉強、1986年にはアコーディオンを学ぶ。そして、同年ウルフギャング・スタリバッハーと「Alpinkatzen」を結成、ストリート・ライブを繰り返している時にCBSレコードのスカウトマンの目に留まり、1988年、36歳にしていささか遅咲きのレコード・デビューを果たす。
1991年、デュオは分裂するものの、ザルツブルグでバンド「Hubert and his Alpinkatzen」を結成。新たなメンバーたちが新風を吹き込み、誰もが口ずさむヒット曲を次々と生み出した。その勢いはオーストリアに留まらず、パリ、テキサス、ニューヨークをツアーするにまで至る。
しかし、バンドは1994年11月1日にラストコンサートで終幕。
1996年になるとチベット、西アフリカを訪ね、彼の見るもの聞くもの感じるもの全てが創作にも反映され、1998年に発表した「Inexil」ではチベット音楽の影響が大きく見られた。
2000年にはカムバック・アルバム「Fön」を発表し、翌年、ドイツ語圏を7年ぶりにツアー、同年4月にオーストリアのフォーク音楽を集めた「Trad」をリリースする。2002年には1万5000人の聴衆を前にエジプトでコンサートを、その後もセネガル、カーボヴェルデ、サラエヴォを回るツアーを敢行し、「Iwasig」と「Trad II」を制作。フーベルトの活動は年齢を増すごとに活発になっている。

オーストリアと言えば、アルプス。そして、アルプスと言えばヨーデルだ。裏声と地声が交互に繰り返されるこの歌唱法は、聞いただけでアルプス山脈を思い起こさせる透明感と開放感が心地良い。アルペン・ロックの雄、フーベルトの音楽にも欠かせない重要なサウンドの一つである。
また、フーベルトがこれまで一時も休む事無く音楽活動を続けられるのは、音楽への興味が全くつきないからだろう。情熱の炎は燃え続ける。オーストリアのフォークソングを新しくする男。伝統を激しく揺さぶる。

そんなフーベルトは、昨年21枚目のアルバム「Federn」を発表した。このアルバムには彼のルーツとも言えるアメリカの南部音楽とジャズ、そしてジョン・ケージ、フィリップ・グラス、レナード・バーンスタインと言った音楽の革命家たちへの敬愛が秘められている。
「大西洋が米国と欧州を疎遠にしてしまうことを危惧しているのさ。でも経験から、音楽が必ずや橋を架けてくれると信じている」と語るように、同アルバムはアメリカ音楽が全く違う輝きを放つかのような印象を受ける新鮮さが詰まっている。

ヨーデル・ロッカー、フーベルト・フォン・ゴイゼルン。彼のヨーデルとロック魂が、米国のルーツ音楽に新しいエッセンスを注ぎ込み、オーストリアのフォーク音楽を再生させる。3月のマンハッタン公演はアルプス・ロックの神髄が楽しめそうだ。
(河野洋)

Hubert von Goisern
■3月9日(水)7:30pm
■会場:Austrian Cultural Forum
 11 E. 52nd St.
 Tel: 212-319-5300
■無料
■予約:www.acfny.org/event/reservation/hubert-von-goisern

■3月10日(木)7:00pm
■会場:Rockwood Music Hall
 196 Allen St.
 Tel: 212-477-4155
■無料
www.rockwoodmusichall.com



河野洋: 名古屋市生まれ。12歳でロックに目覚め、ギター、バンド活動を始める。89年米国横断、欧州縦断のひとり旅の後、92年NYに移住。03年ソロアルバムのリリースと同時にレコード会社、Mar Creation, Inc.を設立。現在は会社では、アーティストマネジメント、PR、音楽、映像制作などエンターテイメントに関連するサービスを提供するかたわら、「NY Japan CineFest」「j-Summit New York」などのイベントをプロデュース。その他にも、エイズ、3.11震災後の日本復興に関わるチャリティイベントや、平和、社会、環境問題などをテーマにしたプロジェクトにも積極的に取組んでいる。 ウェブサイト : www.marcreation.com / メール: contact@marcreation.com
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