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よみタイムVol.103 12月26日号
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よみタイムVol.103 2008年12月26日発行号
2つのミッション抱えた
文化交流使
作家・マルチアーティスト
島田雅彦氏

作家、脚本家などマルチな才能を発揮している島田雅彦さんは、08年7月から文化庁派遣の文化交流使としてNYに滞在。大学在学中に「優しいサヨクのための嬉遊曲」で芥川賞候補として作家デビュー、数々の作品を発表する傍ら、舞台の演出、脚本を担当、さらに映画出演も数本を数えるマルチ・アーティストだ。オペラにも造詣が深く、料理の腕前も素人離れ。文化交流使としての「任期」は09年の3月まで。9か月の滞在期間でのミッションは、主に二つ。ひとつは、間もなく公募が始まる「ニルヴァーナ・ミニ・デザイン・コンペティション」の実現。もうひとつは、英語訳での日本文学の紹介の促進だ。現在の関心事、交流使としての活動、残り期間での課題などを聞いてみた。

[ミッションその1]
「ニルヴァーナ・ミニ」は原点回帰


 デザイン・コンペティション「ニルヴァーナ・ミニ」(Nirvana Mini)とは、岡倉天心の「茶の本」に影響され、以前書いた「ニルヴァーナ・ミニ」というエッセイの「延長線上にあるアイデアなんです」という。現代の茶室の島田流の定義が「ニルヴァーナ・ミニ」というわけで、極端に付属物を削ぎ落とした日本の茶室に代表される「極小の空間・部屋」のデザインを世界中から公募しようというのが狙いだ。ミニマリズムを具現化するコンセプチュアル・アートともいえる。
 「茶室というのは極小の空間でありながら多岐性に富んでいます。ティーセレモニーはもちろんのこと、瞑想の部屋であったり懺悔の空間にもなる。対話の場でもあるし、ミニマムな美術館という面もありますよね」。
 世界中からティーハウスの普遍的なデザインを公募してみたいと思い立ったのは2年前のこと。
 ニルヴァーナ・ミニのミニというのは文字通り「極小」という意味。「茶の湯からヒントを得てるけど、建築のエッセンスは、どの建築家にとっても極小の部屋や小屋のようなものにこそ表れるんじゃないかと思うんです」。
 島田さんは、子どものころから狭い空間に居心地の良さを見出してきた。「誰でもそうだと思いますよ」と笑う。
 例えば建築界の巨匠といわれるル・コルビュジエは、モダニズムの象徴的な建築を作り上げたが、最晩年に妻と過ごすために建てたのはミニマムの小屋だという。「茶室よりせいぜいひと回りくらい大きいだけの小さなものです。人間のサイズなんて大体決まってるから、サイズにあった必要最小限の空間があれば、心が安らぐし瞑想なんかするのにも向いている」と説明する。
 09年の5月には集まった作品を日本で検討して、優秀作品1席から3席くらいを決めたいという。「どんなユニークな作品が集まるか今から楽しみです。スポンサーも探してきたので、もちろん賞金つきですよ」。
 入選作品は実際に製作されてパブリック・スペースや屋外、イベント会場などで展示される可能性もある。「元々私は物作りとか木、土、鉄などの自然素材にも興味があって、これまでも様々なジャンルの職人を訪ねてきました。刀鍛冶や左官に体験入門して実際にナイフを作ったり壁塗りを経験したこともあるんですよ」と笑う。
 5月まで時間は余りないが「ミニマムの部屋なんだからすぐ出来ますよ。建築を始めたばかりの学生や、それこそ小学生でも参加できるというのがミソかな」と自信あり気だ。まさにアイデア勝負なのかも知れない。
 このところ「極小空間のデザイン」のことばかり考えているせいか、工事現場を通りかかり、工事用具入れの小屋を見て「おっ、これいいな」と足を止めたり、セントラルパークを歩いていて、枝振りのいい松の木見つけると「根元に毛氈(もうせん)敷いて、結界を張れば、もう立派な空間だよな」などとつぶやいたりしているという。


隈研吾氏設計の繭玉を思わせる茶室

極小の居住空間
DCでプレゼン


 大統領選挙が行われた日の11月4日、今回の滞在中一番のイベント「ニルヴァーナ・ミニ」のプレゼンテーションがワシントンの日本大使館で行われた。
 この日は島田さんに賛同する日本の代表的建築家、隈研吾氏、団紀彦氏、竹山聖氏の3人に、もう一人の文化交流使でニューヨークに滞在中の武者小路千家の若宗匠・千宗屋氏も同行した。
 このプレゼンでは、スライドを使い、世界の極小の居住空間をヒントとしてたくさん紹介した。
 アフリカのサバンナで島田さんが招かれたマサイ族の伝統的な家は、牛フンで出来ていた。葦などで組んだ骨組みに生乾きの牛のフンを壁土みたいに塗りつけて作る。構造はいたってシンプル。雨には弱いけど、空気は乾燥していて問題はない。中では牛糞の固形燃料で煮炊きが行われている。「こうしたマサイ族の家なんかもある種茶室に通じるものがあります」。
 さらに、イヌイットが氷原で作るイグルー、日本でいえば『かまくら』みたいなものも紹介された。「隈研吾氏の作品にもイグルーそっくりな作品があって、蚕が作り出す繭玉みたいにフワフワと柔らかい球状の茶室があるんですけどこれなんか現代の茶室空間としてとても面白いアイデア」だという。
 「私の中では、子どものころにこもった押入れとか、庭や裏山に作った『秘密基地』みたいな感覚がベースになってますね。広い所より狭い所のほうが落ち着くっていう感覚は誰にでもあるのではないかな」。
 「昔から、人間のボディサイズは大体2メートル以内だし、言語や文化が違っても、脳の構造は基本的に同じ。経済中心の文化が退廃の極みに落ちていく時に、帰るべき原則というものがあるとしたら『原型に回帰する』という傾向に現れるんじゃないかと思う。そういう意味ではこのコンペは建築というより一種のインスタレーション・アートに通じるものと考えてます」と目を輝かせる。

[ミッションその2]
日本文学の翻訳紹介


 「日本文学を海外で紹介していこう」と文化庁が予算を組んでいたが、何年も前に翻訳出版が決まっているにも関わらず、出版されていないものがたくさんあるという。「文化庁とこちらの出版社との間に入っているエージェントもあまり機能してない。私の作品ももう十何年か英訳は出てないんですよ。『ドリームメッセンジャー』という作品がペーパーバックで出てますけどもう絶版で古本で探すしかないですね」と笑う。
 「ほかのロシア語、フランス語では日本文学も結構出ているが、英訳ものがさびしい限り。自分の作品を出版につなげるという活動を通して、アメリカの友人が日本の作家の短編作品のアンソロジーを出したいというので、協力しながら、今動いています。自分の本が出版されるようになれば、何が悪かったのか原因がはっきり見えてくるでしょうね」。

20年ぶりのNY観察
米一極支配の終焉か 


昭和から平成に時代が変わった88年から89年、島田さんは1年間だけニューヨークで暮らした経験がある。
 「今回ニューヨークに来て、20年前のピリピリした緊張感とは違う、もう少しぬるい印象を受けましたね」。当時は7番街の15丁目に住んでいた。「ミートパッキング・エリアあたりは物騒で、人がほとんどおらず、いても麻薬の売人でした。変われば変わるものですね」。
 リーマンの崩壊、金融危機の世界への波及という事態について島田さんは「アメリカ一極支配が終わり、世界のそれぞれの地域に新たな雄が生まれ、新たな世界秩序が決まっていく最初の年に立ち会っているような気がします」。
 大きな政治的、経済的な変動が起こる時に「いかに振舞うべきか」の原則は、20年経っても100年経っても変わらないという。
 「それまでの原則が揺らいだ時にはやっぱり一度過去に立ち返るしかないんです。原点回帰については2年前から考えてきました。経済危機を予測したわけじゃないけど、いつか破綻するのは歴史の趨勢でした。生き残っている金融機関は預金で利子を稼ぐ昔ながらのやり方を併用していたところだけです。預金は金融の原点ですね。Nirvana Miniも建築の原点回帰の一つの表現なんです」。
時代を先取りする作家の確かな目が光る。

ロシアとアメリカの奇妙な一致

 「今のロシアとアメリカ、面白い一致点があります。90年代に完全に社会主義を放棄したかと思いきや、今日のロシアの発展の背景には石油・天然ガスというエネルギー産業の再国有化があります。これで経済危機を乗り越え、盛り返したんですね」。
 「もしロシアが市場原理に則っていたら、重要産業はみな外国資本に牛耳られていたでしょう。これはひょっとしたら、17年のボルシェビキ革命以降最大の社会主義革命かもしれない、見た目は自由主義経済をとっているけれども実態は国家独占資本主義ですね」。
 「今アメリカがやってることは市場原理にまかせて破綻した金融や自動車産業を国家予算によって救済するということです」。
 「こういうことをやり慣れている中国やロシアが先行してやって、アメリカがなぜか同じようなことを始めているというところに歴史の皮肉を感じますね」。

オペラ「ファウスト」に感激
見慣れない魚の料理楽しい

 
 「ニューヨークはわさわさして疲れるけど、文化密度の高い街。歩いて活動できる都会だから出会いもあるし交流も生まれる。クルマ移動の街だとこうはいかないですよね。私はクラシック音楽一本でジャズは聞きませんが、オペラはすでに5つ見ました。メトの『ファウストの劫罰』は良かった。あれは今後のオペラのステージの行方を占う感じでしたね。CGを駆使した演出を見て、手間とコストもかかってる上に、舞台上の約束ごともたくさんあるんだろうなあ。それ考えているだけで頭が痛くなりそう」と自らオペラの台本も書き、演出も経験している島田さんならではの視点だ。
 家では夫人と二人。高校生の長男はメイン州の全寮制の学校に在籍中。
時間があると自分で食材を選びプロ並みの腕で料理する。
 「見慣れない魚とか見慣れない野菜を料理するのは楽しいですね。今ちょっとはまってるのがポーギーという鯛みたいな魚。あれ安くて結構うまいです。昆布締めにしたり、皮をつけたまま湯引きにしたり。あとは蒸しものや鍋物にしてます。根っからの魚喰いなんですよ」と守備範囲の広い作家・島田雅彦氏は破顔した。  (塩田眞実記者)


島田 雅彦(しまだ まさひこ)1961年3月13日、東京都生まれで神奈川県川崎市育ちの小説家。著作多数。1991年にソビエト、チベット、ケニア、ジャマイカと、世界各地を放浪。1992年、『彼岸先生』で泉鏡花文学賞を受賞。夏目漱石の『こころ』を下敷きにして現代人の姿を描き出し高い評価を得る。1999年の『自由死刑』などを経て、「自らの代表作とすべく書いた」という『無限カノン3部作』(『彗星の住人』『美しい魂』「エトロフの恋」を2003年に完成。皇室をめぐる、血族4代の恋愛を壮大なスケールで描いた。「彗星の住人』はその後「Jr.バタフライ」として2004年にオペラ化されており、台本を島田自身が担当、三枝成彰が作曲を行った。三枝と手がけた音楽作品としては他に、オペラ「忠臣蔵」やカンタータ「天涯」」、合唱曲「また、あした」などがある。