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Vol.148:2010年12月24日号
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よみタイムVol.148 2010年12月24日発行号
アートが繋ぐ松江とギリシャ
アーティスト 野田 正明

不躾な質問にも、一つ一つ言葉を選びながら丁寧に相手に伝えようとする姿は、芸術家というイメージよりは、教育者や聖職者を彷彿させる。それでも時折り垣間見える凄みは、混沌とした時代のニューヨークを生き抜き、アートという苛酷な世界を生業の場とする者ならではのものだろうか。夢を実現するために求められる芸術家としての資質とは――世界を舞台に活躍する彫刻家/画家・野田正明氏への独占取材。(大矢晃司)

島根県松江市に設置された彫刻「ラフカディオ・ハーンの開かれた精神」。「人種や異文化に偏見を持たず、自由を追求した小泉八雲の『開かれた精神』が、これからもギリシャや日本の人々の間に受け継がれれば、こんなに喜ばしいことはない」と野田氏。


一歩一歩ステージを上る「覚悟」が必要


ギリシャのアメリカン・カレッジに設置された「ラフカディオ・ハーンの開かれた精神」。松江に設置されたものの姉妹作


ギリシャのマラソン・スタジアムスタート地点国旗掲揚台に永久設置された彫刻「ヘルメスの精神」の前で。左から、今回のプロジェクト・パートナー、タキス・エフスタシュウ、ギリシャの元女子マラソンチャンピオン、マリア・ポリゾウ、マラソン市スピリドン・ザガリス市長と子どもたち

――ギリシャのマラソン市で催されたマラソン2500周年記念式典にモニュメント「ヘルメスの精神」を設置したり、島根県松江市で行われた小泉八雲生誕160周年での作品「ラフカディオ・ハーンの開かれた精神」除幕式に出席したりと、2010年は本当に多忙でしたね。

野田 そうですね。お陰さまでアチコチ行かせてもらいました。

――野田さんを見ていると芸術家も体力勝負なのかな、という気になりますね。

野田 たしかに体力的にもタフさが求められますね。でも、西洋のアーティストは年をとっても精力的な活動を続ける方が多いですよ。日本では年寄りは枯れた好々爺になるのを良しとするような傾向があるじゃないですか。芸術家や映画監督なんかにしても、年をとると先生とか巨匠とか呼ばれて、作品づくりはほとんどしないで、他人の作品を評価したり、過去の功績、遺産で威厳を保っている、そんな雰囲気がありますよね。
 でも、海外には有名無名に関わらず、いくつになってもギラギラどん欲に、制作活動に取り組むアーティストがたくさんいます。まあ、それは芸術の分野に限らず、社会全体でも同じようなことが言えるのかもしれませんね。

――野田さんが創作活動の拠点をニューヨークに置いているのもそうした理由からですか?

野田 それがすべてという訳ではありませんが、そういう面もあります。私が渡米を決意したのは、27歳の時、今から34年程前になりますが、当時、日本のアートの世界は年功序列や派閥、学歴…といった、実力や作品とは別のところの評価の方が重要だったりして今よりもっと閉鎖的でしたから。

――今も夢や希望を抱いてニューヨークに来る若者や理想と現実の狭間でもがき苦しんでいるアート志望の人がこの街にはたくさんいると思うんですが、どうしたら野田さんのようにその分野で成功出来るのでしょうか?

野田 まあ、何とか食べてゆけるようになりましたが、決して成功したとは思っていません。私にも誰もが経験する言葉や金銭的問題はあったし、悩んだり、不安になった時期もありました。ただ、私の場合、幸運なことが一つありました。

――それは何だったんです?

野田 私の出身は広島の福山という所なんですけど、地元の中國新聞の知り合いから、文化欄にニューヨークのトップアーティストにインタビューして寄稿しないかという話があったんです。ファフ、ハント、コスタビ、リヒテンシュタイン…普通ならとても会えないような雲の上の人たちに会え、しかも芸術論やいろいろな話しも聞ける。成功の秘訣を見つける絶好のチャンスだと思ったわけです。

――で、その秘訣を見つけたんですか?

野田 いや、こうすれば必ず成功する、といったような絶対的な条件は見つかりませんでした。ただ、皆それぞれ年齢も性別も性格も作風も異なるんですが、名を馳せたアーティストに共通して言えることは、「あぁ、やっぱりこの人は有名になるべくして有名になったんだな」ということを感じましたね。

――それを言葉にすれば「運」や「才能」ということになるのでしょうか?

野田 たしかに、それらも否定はできないけれども、どちらかというとニュアンスとしては「覚悟」の方が近いかもしれないかな。

――覚悟…ですか。

野田 そう、覚悟。一言に「アート」と言っても幅広いし音楽やダンスのことはわかりませんが、絵画や彫刻の世界に限って言えば、一躍有名になる、たとえば、道端で作品を売っていて、たまたま通りかかった画商が「おぉ、キミの絵の才能は素晴らしい。ボクが必ずメジャーにしてみせる!」というような夢物語はまず存在しません。作品作りはもちろんですが、画商や評論家との信頼関係、ギャラリーや美術館員との交流など日々の積み重ねで一歩一歩ステージを登っていくしかないんです。

――華やかなようでいて地道な世界なんですね。

野田 スポーツは実力や能力が数値として表れるから優劣がはっきりしてますよね。イチロー選手が凄いことは誰にでもわかる。でも、芸術の場合は曖昧なので、その分みんな生き残るのに必死です。
 ジャンプは瞬間的に高く跳べるけど、徐々に落下します。仮に運よく脚光を浴びたとしても、それが持続するとは限らない。イメージとしては、クサビを打ち付け、ザイルを巻き付け、足場を固めながら登って行くロッククライミングみたいなものですかね。

――世界中を飛びまわり、作品をつくり、いろんな人たちとコミュニケーションをとらなければいけない、精神的にも疲れると思うんですが、野田さんにとっての趣味やストレス解決方法は何ですか?

野田 よく訊かれるんですが、これといった趣味はないんです。作品をつくることによって、ストレスも発散できるみたいで、あまり感じないんです。

――最後に、野田さんにとってアートとは何ですか?

野田 時空を越えて人の心に響くもの。私の頭で考えられるものなんてタカが知れてますから。

■野田正明(のだ・まさあき)プロフィール
1949年広島県福山市生まれ。大阪芸術大学美術学科卒業。1977年渡米。エリザベスカーディアズ奨学金を受け、アート・スチューデンツ・リーグに学ぶ。以降、ニューヨーク・ソーホーを拠点に制作活動を続ける。アメリカ版画協会副会長、オーデュポン作家協会ディレクター、ボストン版画協会会員を歴任。