Copyright (C)2010 YOMITIME, A Division of Yomitime, Inc. All rights reserved
Vol.148:2010年12月24日号
イベント情報






 連載コラム
 [医療]
 先生おしえて!

 [スポーツ]
 ゴルフ・レッスン

 NY近郊ゴルフ場ガイド


 [インタビュー]
 人・出会い
 WHO
 ジャポニズム
 有名人@NY

 [エッセイ]
 NY人間模様
 世界の目、日本の目

 [イベント]
 1押しオペラ

 [街ネタ]
 おでかけナビ

 [特集バックナンバー]

 よみタイムについて
よみタイムVol.148 2010年12月24日発行号

NYの地下鉄網支える
優良日本企業

川崎重工現地法人
カワサキ・レールカー・インク
前社長・服部 晃 さん



川崎重工製NYCT R160(左)とPATH PA-5の勇姿

典枝(のりえ)夫人とカナダの大自然を楽しむ服部晃さん
ニューヨークの地下鉄に乗ると車両メーカーの名前「Kawasaki」の文字を見ることが多い。日本製の自動車を見ることはありふれた時代でも、身近な地下鉄で日本のメーカー名を見ると誇らしげな気がして嬉しくなる。(塩田眞実)

 アメリカには現在約2万両の旅客車両が走っているという。この数字は路面電車、地下鉄、近郊通勤電車、都市間長距離電車など、すべてひっくるめた全車両数だ。
 服部さんによると「我々が『北東回廊』と呼んでいる米国東海岸(ニューヨーク〜ボストン間、ニューヨーク〜フィラデルフィア〜ワシントン間)、この地域に約7割の1万4千両が集中、そのまた約半分の6千両がニューヨーク地下鉄」なのだそうだ。ちなみに、日本の旅客車両数は6万両、アメリカの国土は日本の24倍だから、アメリカがクルマ社会だと知ってはいても、その少なさに唖然とさせられる数字ではある。現在、川崎製の新造車両と、ひと目で分かるのは、6番ライン(ローカル)およびNラインとQライン。このほかFラインとEラインにも同型新造車両が使われているが、川崎の設計図で別会社が製造している。

 川崎重工が初めてニューヨークの地下鉄に車両を納入したのは、27年前の、1983年にさかのぼる。現在まで累積で2000両を納入してきた。車両の値段は1車両約1・5〜2億円弱だから、きわめて大きなビジネスである。(全米規模でいえば納入車両実績は3000両余り。受注残も加えれば4000両規模となる。現時点では、PATH向け電車350両とメトロ・ノース向け電車300両を製造中)。
 8ヵ月ほど前の4月、川崎重工は、全米車両保有数1位のニューヨーク市交通局(NYCT)から新たに、地下鉄電車(R188型)新造車23両と、既存車改造10両を受注した。受注金額は約8千7百万ドル(約81億円)で、11年から12年にかけて順次納入される予定だ。
 契約には、さらに新造車123両および既存車改造350両のオプションが付随しており、行使されると契約総額は約4億7千1百万ドル(約438億円)となり、2015年まで生産が継続されるという。
 川崎重工は、ニューヨーク州ヨンカース市の工場に加え、01年にネブラスカ州リンカーン市に工場を増設してからは、完全現地生産を実現、昨今日本のメーカーを苦しめている為替の影響も最小限に抑え込み、まさに最優良企業のひとつとして快進撃を続けている。

世界規格ない
鉄道車両

 アメリカの鉄道に初めて進出したのはニューヨークの地下鉄より少し前の1979年。フィラデルフィアに路面電車を納入した。これがアメリカ進出の第一号となった。
 「当時はほとんど日本で作ってこちらに持ってきてました。アメリカには『バイ・アメリカ(Buy America)』という規定があります。連邦資金を使う公共事業の場合、組み立ての最後の工程(ファイナル・アッセンブリー)はアメリカでやりなさい、部品や機器の調達コストのうち50%(当時、現在は60%)はアメリカで購入しなさい、というものです」。
 この国で地に足をつけてやっていくために、組み立ての最終工程を主目的にした工場をヨンカースにオープン。現地法人もこの時設立した。85年のことだった。
 「基本的にアメリカは自動車社会。遠いところは飛行機です。70年代には、鉄道車両に予算がつかず、高速道路や飛行場の整備にばかりお金が回り、5、6社あった地場のアメリカの鉄道車両メーカーはすべて潰れてしまったのです」。
 「鉄道車両というのはグローバル・スタンダードがない。船や飛行機はよその国に行ってこそ意味があるから、どこでも出入り口は進行方向に向かって左側となっています。ところが、鉄道の場合まずレールの幅から、運転席だって右あり、左あり、真ん中ありで、プラットフォームの高さもまちまち。椅子の材質だってニューヨークの地下鉄に日本のようなクッションを持ってきたら、たちまちナイフで切りつけられて中身をぼろぼろにされかねない。要するに日本のスタンダードがそのまま使えないんです。文化とか習慣と密接に関係しているのですね」。
 最初のうちは、分かりづらい仕様書だったが、現地工場を設立すると営業陣、技術陣が一体となって客先と頻繁に折衝し客先の求めるものを研究、理解できるようになった。しかし、初めのうちは技術要求や商習慣の違いに苦労させられ、赤字が続いた。
 「しかし、01年のネブラスカ州リンカーン工場での完全現地生産体制が敷かれると、パナマ運河を経由する運送時間がそのまま短縮、納期を早めることが可能になり、為替リスクも大きく軽減することができたのです」。
 さらに完全現地生産のため、バイ・アメリカ規定の60%も軽々クリア。これが大きかった。
 「60%規定の残りの40%部分で輸入していたわけですが、一から作るようになって40%部分に占めていた構体コストを60%側に移すことができるようになり、余裕が生じた部分で、多少値段は高いけれど品質の高い日本製機器が確保できるようになったんです。つまり機器の選択に自由度が増し、車両全体の高品質が確保できるようになりました」。ターニングポイントだった。
 こうして川崎製車両の品質は飛躍的に上がり、契約に定められている「車両信頼性の指標」の数値(故障件数と走行距離から算出)を5倍から10倍も上回るほどの、高品質を維持し続けている。この事実は顧客である市当局にとっても、メンテナンスにかけるコストが軽減されることになるため大歓迎だった。川崎の技術はいまやニューヨーク市交通局を支えるまでに成長したといえる。


若い人たちに世界を見て欲しい

 服部晃さんは自身も元々はエンジニア。早稲田大学の学生時代は、アクアラングの軽量化や、液体酸素と液体窒素の混合による、「液体空気式水中呼吸器」の開発に没頭した。
 川崎重工入社後は、潜水艦の設計から宇宙ステーション開発まで技術スタッフとして関与。
 現在、地球の軌道上で活躍を続ける日本のステーション「きぼう」の開発にも携わった経歴を持つ。
 「深海と宇宙というと関係ないみたいですが、どちらも密閉された狭い空間で長時間、たくさんの人間が過ごさなくてはならない過酷な環境です。空調からトイレの問題まで、技術的にはいろいろ共通点があるんです」と服部さんはいう。
 その後、川崎重工の鉄道車両部門である車両カンパニーに異動。「海の中から宇宙、今度は鉄道です。これまた関係ないようですが、技術の応用があるんですよ」と笑う。
 「新幹線は、はじめ時速200キロだったけど、今は300キロを超える時代。一方、磁気浮上で、500キロで走るリニアモーターカーも実用段階まできている。こうなると着陸時の航空機のスピードと変わらない。先頭車両の形をどう作れば、効率よく空気を切ることができるか。これはもう航空力学なんですね。電車が高速でトンネルに入ると、押しつぶされた内部の空気が出口で外の空気に衝突してドーンと大きな音を出す。これが周辺住民には大変な騒音なのです。解消するには、先頭車両の形状を細長い流線型にしてトンネル内の空気を後ろへ逃がす。日本の騒音対策は世界一シビアです」とエンジニア出身の服部さんが分かりやすく解説してくれた。

技術バックに
世界に進出

 「先ごろ、ワシントンの地下鉄車両導入計画の入札に参加しました。車両総数はオプション契約も含めて748両、約15億ドル(約1350億円)規模のプロジェクトに7社が入札。当社は、3社に絞られた段階で価格面ではフランスのアルストム社に負けた。ところがニューヨーク市当局の当社の技術に対する高い評価と信頼がワシントンに伝わり、実績、対応能力なども含めた総合評価で1位になったのです。安く売ればいい、ばかりじゃないのです。メーカーとしては利益もきちんと上げて、しっかり製造し、納品するというのが本来あるべき姿ですね」と服部さんは強調する。
 現在ワーカーとスタッフあわせてヨンカース工場に400人、リンカーン工場に600人が働いている。
 「『北東回廊』であれば、お客さんからの連絡に、いつでも迅速に対応できる体制がとられています」。「例えばレキシントン・ラインのローカル線の6番電車、ローカル電車は当然発進・停止の頻度が高い。ドアの開閉も頻繁。川崎の車両は6番で、他社製は4番、5番のエクスプレス。これは、うちの信頼性が高く評価されてる証だよと周囲には言っています」と服部さんは楽しそうに笑う。

 09年にオバマ大統領が発表した「全米高速鉄道計画」。政権には逆風が吹いているものの環境問題を抱えているアメリカのこと、時間がかかるにしても将来的には大都市間の高速鉄道の整備は進むだろう、と服部さんは見ている。 
 マンハッタンでもセカンド・アベニュー・ラインの工事が進み、7番線をニュージャージーまで延ばそうという計画も浮上している。まだまだマーケット拡大の可能性は大きい。
 「日本はこれからも製造業を伸ばしていかなければいけないと思っています。技術の流出ではなく技術の進出でね。日本の技術をバックに世界に進出して、現地のワーカーを使って、利益が出れば日本にフィードバックする。そのためにも内向きといわれる日本の若い人たちに1年でも半年でもいいから世界を見ることをすすめます。日本の技術力、ものづくりは海外マーケットがあればこそです。うちの会社の若い人たちも、少し強制的にでも海外へ送り出すべきかなと思っています」と服部さんは少し表情をあらためて結んだ。