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よみタイムVol.55 12月22日号
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よみタイムVol.55 2006年12月22日号掲載

  ファッション de トーク うの&チエ


最近、レジャー産業グループ社長・西村拓郎さんと結納を交わしマスコミをにぎわせているタレント・神田うのさんと毛皮ファッションデザイナーとして世界中をかけめぐる「ロイヤル・チエ」オーナー、今井千恵さんが偶然、10月のファッションウィークにニューヨークで出会った。2人は10年来の大親友、また、うのさんはファッションデザイナーとしてもニューヨーク・デビューしており、お互いファッションをたっぷりと語り合った。

吉澤:まず、うのさんから伺います。ニューヨークでのショーははじめてですよね。

うの:はい。2年前にパリコレに進出しましたが、その時はパリ・オートクチュールコレクションに参加「シェーナ・ドューム」というテーマでショーを展開しました。

吉澤:ウエディングドレスをデザインするきっかけは?

うの:人生のすばらしいワンシーンというのはたくさんあると思います。生まれてから七五三、入学式や卒業式、成人式、就職などですね。その中でも、結婚というのは大切なワンシーンだと思うんです。カップルが幸せになりますようにという思いを込めて、その日だけではなく、新たに2人の「シェーナ・ドューノ」を作ってほしいというのが、デザイナーである私の願いです。

吉澤:ニューヨークに進出したのは?

うの  狭い日本のブライダル業界で、「シェーナ・ドューム」はずっとトップのシェアを持っているので、次のステップとして、アメリカでショーをやろうかと言われたからです。年に2回、発表会的に新作ブライダルショーをやっていますが、そこにはお色直しに着るカラーのドレスやホワイトドレスを作って発表しています。白で初めて白で終わる。白の持つ美しさを表現したかった。いろんな素材を使って、異なる素材を組み合わせたり。
 フランス語では「ブロン・ガッセ」というんですが、「ブロン(ブラン?)」が「白」、「カッセ」は「壊れた」「崩れた」という意味です。白が崩れたのを「オフ・ホワイト」というんですが、オフ・ホワイトの「オフ」が「カッセ」になるんです。つまり、白がどのくらい崩れるのか。これも白だし、あれも白。素材が変わると白も違ってきます。
 同じシルクでも、シルク・オーガンザもあればシルク・シャンタンもあります。素材によって見え方も違ってくる。でも白の集大成はとても評判が良かった。
 何か前からニューヨークで発表会をやってみたいなと。それなりの手ごたえはありましたね。

吉澤:お2人が知り合ってどれくらいですか?

チエ:10年くらいかしら。あっという間ね。

うの:私が今31歳なので、憲ちゃん(美川憲一)の紹介で、先生にお会いしたのが19歳のときだったから、10年ちょっとですね。

吉澤:チエさんのどういう点が一番ステキですか?

うのちゃんが着ると
毛皮が引き立つんです チエ


うの:先生の作品を見て、毛皮に対するイメージがすごく変わりました。ヨーロッパ系のフェンディとかはデザイン性が高いので好きですが、日本の毛皮にはデザイン性がまったくなかったんです。私はファッションで毛皮を着るので、まったくいいものがなくて、日本の毛皮はダサいものだと思っていたんです。でも先生にお会いして、ショーを見たり、モデルとして出演させていただいて、先生の作品に触れる機会がたくさんありました。今回のショーもそうですが、先生の作品は非常にファション性が高いんです。
 先生に会うまでは、日本の毛皮というと、「おばさんたち、どうぞ勝手に着てください」という感じで、私が見てかわいいとか、きれい、と思える毛皮がなかったんです。ところが、先生の作品はかわいくてきれいなのがたくさんあって、今日のショーでも、「これ着たいな」とか、「ステキだな」というのがたくさんありました。ああいう洋服に合わせたらステキだなと、そういう気持ちになれる作品なんですよ。だから、非常に私自身ロイヤル・チエのファンだし、先生をとても尊敬しています。

吉澤:チエさんは、自分が作った毛皮を着てくれる人がたくさんいて、いろんなアイデアを、いろんな人から吸収すると思いますが…。

チエ:うのちゃんはきれいで、彼女が着ると毛皮が引き立つんです。ファッションショーがきれいだとほめてくれるけれど、モデルが着ても似合わないと、自分自身はきれいだと思わない(満足できない)。でも、うのちゃんが着てくれると、「ブライト」という感じで、ステキです。
 また、うのちゃんはストレートに物を言うので、よく誤解される部分がありますが、ハートがいいですね。思ってることをそのまま言いうのは大事なことだと思います。日本人というのは、それに慣れてないから、誤解される面がありますが、憲ちゃんもそうですが、ハートがいいし、本当に大好きな人の一人です。

吉澤:チエさんから見てうのさんのデザインはどう思われますか。

チエ: 普通のブライダルのデザイナーが作るものと違って、うのちゃんの作品は若々しい。違うテイストで作っているから、いいと思います。私はデザイナーとしては少しお姉さんだから、何か手伝えることがあったらいいなと思います。
 私も素人で、デザインの学校も出ていないし、縫えないし。でも、あるとき、デザイナーとは発想する人で、それができる人をデザイナーと言うのだと聞いて、毛皮を始めました。それまでは、自分で縫えない人はデザイナーだと言わないと思っていましたから。
 そうしたら、あるデパートの人が「発想する人は立派なデザイナー、クリエーターですよ」と。そう言われて、デザイナーとして歩き出して、帝国ホテルのショーでデビューし、皇室ご用達をするようになって、1991年からロイヤルチエとしてデビューしました。
 それまでは、「ロイヤルファー」というブランドで出していましたから。ロイヤルチエとしては、うのちゃんよりも少し前ですね。

吉澤:ニューヨークにはこれから頻繁に来られますか?

うの  そうですね。今回は久々に着たんですが、東京と変わらないから、楽というか。本当に東京と違うなと思うのは音だけで、来やすい街です。

吉澤:チエさんから見て、うのさんが持ってる才能はどんな風に映りますか?

チエ  前向きだし、やろうとするパッションを持っている。まだ30代の初めだし、これからが楽しみな方ですね。

吉澤:夢は?

夢はただ、かわいい
おばあちゃんになりたい うの


うの:こういう風になりたいとか、ああいう風になりたいというのはないんですが、ただかわいいおばあちゃんになれたらいいなと。
 10代のころからいろんな取材でも聞かれる質問です。14歳でモデルを始めて、テレビでタレントや女優業をやってきましたが、デザインの話も、デザイナーになりたいからというのではなくて、何かのきっかけで、やりませんかと言われて始めました。

吉澤:もともとストッキングのデザインから始めたんですよね。


うの:はい。その会社とモデル契約をしていて、ナチュラルストッキングを是非デザインしてほしいといわれて始めたのが、ストッキングの「トゥシュ・ウノ・コレクション」です。
 それで、今度はドレスのデザインをということで。自分はカタログやショーにも出なくちゃいけないので、なるようになるというか、自分がこうしたいというのではなくて、やらなければいけないことが目の前に来るんです。それを一生懸命やっていくと。そうやって人生は成り立っているんだなと思っています。
チエ  ニューヨークとパリの違いは、若いときによく行っていたからわかるけれども、パリは見せるところで、ここはビジネスだと思います。エネルギーが違う。

デザイナーとして
質の高いもの見せたい うの


うのさんは06年11月5日、東京都内の料亭でパチンコチェーン店経営者の西村拓郎氏(日拓リアルエステート株式会社社長)と結納を交わし、13日、報道陣に億単位といわれる5カラットのダイヤモンドの婚約指輪を披露した。8年前から交際している同氏との結婚を決心したのは「愛、信頼、尊敬、この3つをお互いに共有できる方です」と話していた。

うの:その通りで、私はデザイナーとしては見せたいんです。これだけ質の高いものを作ったんだから、見る目のある人に見てもらいたい。「レストランはいい客が育てる」ではないですが、どんなにいいバレエ、オペラを見せても、お客様に判断できる基準がなければ、オペラ歌手も嫌になりますよね。そんな人に歌を聞かせても分からないんだから。だから、私は今回ニューヨークでやって、非常にそれを感じたというか。いい勉強になりました。
 やはり、ビジネスなんですよ。会社の方は、ニューヨーク市場に参入したかったから。でも、神田うのにデザインしてもらわないと、彼らの抱えているデザイナーにはできない。私は、そのデザインをしてくれとお願いされて、そうでないとニューヨーク市場に参入できないからと。

チエ:幸せなことですよね。

吉澤:普通はやりたくてもできない。きちんとしたバックがあるというのは幸せなことだと思いますよ。


クリストファー財団主催のパーティーで俳優のネーザン・レーンと
自分の衣装きれいに
見せてくれるモデルを チエ


 今井千恵さんは、アメリカ進出のきっかけとして「社会への還元」を大きなテーマに掲げている。アメリカでビジネスをする以上、利益は社会に還元することの大切さを、多くのセレブから学んだ。
 スーパーマンとして知られ95年に落馬事故で脊髄に損傷を負った故クリストファー・リーブさんの財団「クリストファー・リーブ身体麻痺障害研究財団」や、ニューヨークの不動産王、ドナルド・トランプ氏の義理の娘、ヴァネッサ・トランプさんが主宰する「オペレーション・スマイル」(口蓋裂の子どものための整形手術をサポートする団体)へ積極的にサポートしている。特に「クリストファー・リーブ身体麻痺障害研究財団」では理事として、中核で活躍している。
チエ 最初のファッションショーをする時は、1年がかりよ。やはり自分の衣装をきれいに見せてくれるモデルを選んで、音楽もそれにあわせて。

うの:今回、ニューヨークでやっているから、全部できますから安心してくださいと言われたのを信じた私がバカでした。ノー・チョイスですよ。音楽は聴いたんです。ミーティングで私のイメージを全部伝えていたので、音楽はよかったんですが、問題はモデルですよ。
 ドレスがよく見せられるモデルを使わなきゃ。今回はマネキンに着せた方が全然よかったくらいです。愚痴になっちゃって申し訳ありません。

チエ:ドレスはよかったけれども、日本で見る感じと違うじゃない? モデルがもうちょっとかわいい感じの人がよかったわね。
うの  けちったんじゃないですか? 私なんか、先生のショーを見て、いいなあと思いました。この子たち、うちのショーに来てほしかったなあと。
 昨日打ち上げパーティーに先生に来ていただいて、そのときにお話ししたんですが、先生は「ここはビジネスの街」と、非常に割り切ってらっしゃるんですよね。こういう先輩を持って心強いです。

今井千恵(いまいちえ)=本名。鹿児島県隼人町(現在の霧島市)出身。鹿児島市立玉竜高卒を卒業後、600倍の難関を突破して東亜国内航空第3期のスチュワーデスになる。その後、結婚して2児の母になり平凡な家庭の主婦をしていた。77年、知人と4人で輸入販売店をスタート。翌年、初めてオリジナルの毛皮を作り、82年に福岡と東京でショーを開く。91年、帝国ホテル内にあった宮内庁御用達のフタバファーを引き継ぐ。その時誕生したのが、「ロイヤルチエ」ブランドである。
神田うの(かんだうの)=本名。1975年生まれの神奈川県出身。旧通商産業省のキャリア官僚(技官)だった父親の仕事の関係で、4歳までインドネシアのジャカルタで育つ。その後、横浜に引っ越す。白鵬女子高等学校を卒業。小学生時代からバレエ始める。1990年東京新聞バレエコンクール入賞、1992年中部全日本バレエコンクール・ジュニア部門1位などの受賞歴を持つ。長野冬季パラリンピックの開会式ではダンスショーに出演した。少女時代に雑誌「プチセブン」でモデルを勤めた後、芸能界入り。