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よみタイムVol.55 12月22日号
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よみタイムVol.55 2006年12月22日号掲載
  光で愛のメッセージ「I LOVE YOU」 オノ・ヨーコ

10月9日は26年前に凶弾に倒れたジョン・レノンの誕生日。愛と平和を軽妙に歌った彼を偲んで、毎年この日に世界の平和に貢献した人々に授与される「レノンオノ・グラント・フォー・ピース」の受賞式が、今年は地球の一番北端に近い国、アイスランドの首都レイキャビックで行われた。1年後に完成する光の塔「イマジン・ピース・タワー」の敷地では、企画者のオノ・ヨーコとレイキャビック市民との和やかなお祝いのイベントが行われた。「要るのは愛だけ」「もし国境がなかったとしたら」と歌い、ヨーコと平和の伝導をしたジョン・レノンを追ったドキュメンタリー映画も上映され人口10万の北国の町は、3日間熱い感動でゆれ動いた。
文と写真:飯村 昭子(エッセイスト)

 1回照らしたら「I」、2回つづけて照らしたら「LOVE」、3回つづけて照らしたら「YOU」。これが「アイ ラブ ユー」のコード。光で愛のメッセージを送りましょうと、ヨーコがスクリーンの前で、デモンストレーションをすると、映画館の会場の暗い空間に、豆粒のような赤い光が、無数の星のように一斉にまたたいた。
 胸に下げた巻たばこサイズのハンデイなフラッシュライトで、満席の観客がそれぞれコード通りにメッセージを発信したのだ。「ONOCHORD」の文字の入ったフラッシュライトによる愛の一斉射撃。
 壇上にいるヨーコも、観客に向けてコードを発信している。
 この夜、開催中のレイキャビック映画祭で、ドキュメンタリー映画「ONOCHORD DOCUMENTARY」と「US vs. John Lennon」が上映された。 
 映画では、ジョン・レノンとオノ・ヨーコが、ベトナム戦争の続いた60年代から70年代にかけて行った反戦イベントや、危険な反戦活動家として二人の入国を拒んだ当時のアメリカ政府との闘いが、生々しい記録フィルム、関係者たちのインタビューにジョンのサウンドを絡めて編集されている。
 ロングヘアのジョンと花を持ったヨーコ。当時の反戦ポップ文化に与えた二人のインパクトは大きかった。反戦といっても、ジョンは愛を歌い、弱い者をいたわる、平和を求める音楽家だったし、ヨーコは想像力で世の中に平和革命をもたらそうというコンセプチュアル・アーテイストだ。二人の才能が若者たちの心を捉え、当時その影響でベトナム戦争を失敗させる可能性もあったことがよく分る。
 興奮の最中に、突然起こる暗転と耳を突く続けざまのピストルの音。誰もが深い暗い記憶の穴を覗いた瞬間だった。ジョンの死。何日も続く追悼の大集会。
 「はい、アイ ラブ ユー、アイ ラブ ユー」。
 パッ、パパツ、パパパツ・・暗い映画館の空間で気ままに点滅する小さな光は、ジョンの死に誰よりも衝撃を受けたヨーコが到達した、ジョンとのコミュニケーション手段になのかも知れない。

新しい形の平和アート
ジョンもどこかでオノコード


 不信と憎しみが蔓延し、欲にからんだ取り引きが横行して、感動することがめったにない。希望のなくなったこの時代に、ヨーコのアートが生んだ新しい平和アート。
オノコード。ジョンもどこかで一緒に赤い光で愛のコードを発しているようだった。
 「私たちがこの時代に生まれているのは、偶然ではありません。穏やかな愛に満ちた平和な地球の実現という使命があるからです。その使命はまだ達成されていません。ジョンのスピリットも今このレイキャビックに来ていて、みんなを励ましてくれています。ここに来られなかった人たちにも、この使命を伝えて、早く達成しましょう。さあ、オノコードで、アイ ラブ ユー」。
 ベレー帽を斜めにかぶったヨーコは、平和運動の闘士としてはあまりにもかわいらしい。しかし、平和は、猛々しい戦いでは得られない。北風と太陽の話のように。
 白地に黒い文字で「IMAGINE PEACE」のボタンも配られた。60年代ポップの再来だ。イマジンは、ヨーコのアートの大事なコンセプト。「みんなが平和をイメージするだけで、現実世界が全部変わる。革命が起こるでしょう」
 「WAR IS OVER, if you want it.」は、有名なヨーコのコンセプト。とてもシンプルだ。停戦に手続きはいらない。

ジョンの誕生日10月9日に
弱者を救済する人権団体へ


 なだらかな丘の上、穏やかな海とグレーの空を背景に、アールヌーボー様式の白い瀟酒な家「ホフディ」が建っている。1909年にフランスの外交官によって建てられたが、その後変遷を経て、今はレイキャビック市の公式のレセプション会場になっている。家の前は広い芝生。今日のゲストはヨーコ・オノとジョン・レノン。歓迎の国旗の塔に白い旗がはためいている。ジョンとヨーコがイメージした国境のない平和な国、ノートピアの国旗。
 この家は、20世紀の歴史に残る重要なイベントの舞台となってきた。
 中でも1986年にここで行われたレーガン米国大統領とゴルバチョフ旧ソ連大統領の首脳会談は、その後の冷戦終結のきっかけとなった。1991年にバルト三国の首脳が会談し、旧ソ連からの独立を宣言したのもこの家が舞台だった。アイスランドはバルト三国の最初の承認国になった。
 ジョン・レノン(とショーン)の誕生日の10月9日には、米ソの首脳が記帳したこの家で、地球全体の癒し、人間性と世界の平和の回復に焦点をあてた第3回目の「レノンオノ平和賞」が、ヨーコから二つの平和活動組織に授与された。
 世界各地の紛争や戦争、伝染病、自然災害などの被害者に緊急医療援助を世界70か国で行っている医師たちの自主的な人権団体「国境なき医師団(Doctors WithoutBorders) 」と、世界の戦争捕虜の法的扱いや拷問、差別、弾圧、悪政、災害などの被害者を法的に救済している各種人権保護団体の中心となっている「基本的人権センター(Centerfor Constitutional Rights)」だ。
 どちらも、今、世界中の人が心を痛めている大小の戦争で傷ついた弱者を救済する組織。
 窓枠に区切られた淡いグレーの北の空と海を背景に、ダークなスーツ姿のヨーコが立ち、各々の団体の代表者にトロフィーと賞金5万ドルを贈った。透き通るような北国の空気の気配がする。
 ヨーコのエスコートをしようと、ジョンのスピリットがそこに立っているかのようだった。
 「グァンタナモ捕虜収容所のように、不正に拘束されている捕虜を救おうとするなど、リスクの高い活動に取り組んでいます。千年も守られてきた被疑者を守る人身保護条例が、今、大国によって破棄されようとしているのだから」。
 「チェチェン、アフリカ諸国、イラク、世界中で医師が待たれている」。
 受賞した二人は、災害など想像もできないような澄みきったこの場所で、世界中で増え続ける無抵抗の被災者たちの救済がますますおいつかなくなっている現実を訴え
た。これは同じ地球の上の奇妙な対称だった。 
 この賞は、4年前、平和を願ったジョンレノンの遺志を活かしたいヨーコのアイディアで、毎年ジョン(とショーン)の誕生日の10月9日に受賞式を行う。世界の平和と真実と人権への意識を高め、この目的の実現に努力している人たちを応援しようとヨーコが創立した。これまでの2回の授賞式はニューヨークの国連本部で行われた。今年からはレイキャビックが会場になる。
 「この北の国の自然が汚染されてない特別な美しさを、ジョンがきっと気にいるだろうと思って」。
 これまでの受賞者は、イスラエルのアーテイスト、ズヴィ・ゴールドスタイン、パレスチナのアーテイスト、カリル・ラバン、イスラエルの原子力調査官、モルデチャイ・ヴァヌヌ、社会派ジャーナリストのセイモア・ハーシュ。
 深い絶望を秘めながら愛と平和と正義を求めて行動している人たちだ。


イマジン・ピース・タワー
空に向かって透明な 光の塔、07年10月9日に


 この日、受賞式が終わってからみんなでフェリーに乗って向かったのは、ホフディの家の裏の海を隔てた向かいの小さい島、ヴィデイ島だった。
 初秋の風と曇り日の夕日のように淡い陽光に柔らかく包まれ、なだらかな丘を10分ほど登ると、そこは海に突き出た岬だった。芝の平地に石ころが直径10メートルほどの円状に置かれている。古代の遺跡のようにも見える。
 ヨーコが到着すると、大勢の市民や記者たちがどこからか集まってきた。レイキャビックの人たちのお祝いの言葉が風に乗って舞い上がる。新しいモニュメントを創る ヨーコへの期待と感謝。ヨーコは笑顔で応えた。
 石ころの輪は、ヨーコの作品「イマジン・ピース・タワー」の敷地だった。この輪の上に光の塔が立つ。今日はその起工式。来年のこの日、2007年10月9日ジョンの誕生日には、ヨーコのイメージしている光の塔が完成し、ここで1週間、記念のイベントが行われることになっている。
 岬から空に向かって、透明な光の塔が立つ。地球の最北端の自然と共存して、明るい或いは神秘的な、時には自然の光に溶け込んで見えなくなる光の塔。
 「白夜の続く夏には日の光に溶けて見えなくなるかもしれない。でも暗い冬の空には、みんなにエネルギーと美しい光と温もりをもたらす塔となるでしょう」。
  幼稚園児のような小さい子供たちが20人ほど、整列して立っている。子供たちのヨーコに捧げるコーラスが始まった。アイスランドの歌の後、英語で「イマジン」を歌った。ヨーコもいっしょに歌った。
 ここに建つ塔の光は、気象条件などでときには見えないことがあっても、永遠に消えることはない。北極に近い岬の自然の一部になって、世界中に、そして宇宙に向か
ってエネルギーを放ち続ける。
 これは、七夕の笹のように願いごとをかなえる塔でもある。ヨーコのもとには、すでに90万枚の願いごとのカードが届いている。これはすべて建設される塔の下に埋められる。ヨーコのコンセプトととアイスランドのマジックとの夢のような共同作業。
 今からでも自分の願いごとをこの塔の下に埋めてもらいたい人は、適当なカードに書いて、送ればいい。アドレスは、「IMAGINE PEACE TOWER PO BOX 1009, 121 Reykjavik ICELAND」
 2007年の10月9日には、塔が幻想的な光を放っているはず。その日には、この岬まで無料のフェリーが、海を横断して参加者を運ぶことになっている。
 愛と平和を放つ「イマジン・ピース・タワー」は、美しい温泉の湖やオーロラ、氷河など、雄大な自然にひかれて年に10万人の観光客が訪れるというアイスランドに21世紀に創られた新しい魅力を与えるだろう。