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よみタイムVol.79 12月21日号
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よみタイムVol.79 12月21日発行号 年末年始特別号

平和や環境の大切さ実感を
人気歌手から社会派へ転身
シンガーソングライター・原田 真二


 音楽を通して、核、環境問題など世界の平和に真向から取り組んでいるシンガーソングライターの原田真二さんが、デビュー30周年を迎え、ニューヨークをはじめ世界各国で「平和コンサート」を繰り広げている。08年2月にはフロリダで「カーター交流会」の後、CDリリースのミーティングなどでニューヨークに立ち寄る。今回はコンサートではないが「年内にはやりたいです」。原田さんは「もっと多くの人に平和や環境の大切さを実感してもらいたい」と訴えている。


 本当に華々しいデビューだった。まだ18歳の少年が、77年10月、吉田拓郎のプロデュースにより「てぃーんず ぶるーす」を発売、翌月には「キャンディ」、12月に「シャドーボクサー」をリリース、全ての曲が同時にオリコン(日本で最も知名度のある音楽ヒットチャート)にベスト20入りする、日本音楽史上初の快挙を成し遂げた。特に「てぃーんず ぶるーす」、「キャンディ」、78年に発売された「タイムトラベル」は「3部作」と呼ばれ爆発的にヒットした。

 カーリーヘアーとハスキーボイス、さらに当時としては珍しかった男性のピアノの弾き語りなどで、若い女性ファンから圧倒的な支持を得て、山口百恵、沢田研二、西城秀樹らと人気を分け合っていた。
 「まったくボクの意としていなかったことなんです。勝手に人気だけが先走りしたんですよ」と振り返る。

 原爆被災地の広島市の出身ということもあって、子どものころから「世界平和」に強い関心を持っていた。小学生の時の夢は「宇宙飛行士」。だが、中学生になってアメリカのロックバンド、ザ・モンキーズやロックンロールミュージシャン、エルビス・プレスリーをテレビなどで見て「世界にこんな音楽があるんだと思いましたよ。頭をガーンと打たれたようなショックでしたね」と懐かしむ。

 さっそくギターを買い込み、独学でギターを覚えた。まるでおもちゃを与えられた子どものように毎日、ギターを奏でていた。3年生の時は学園祭などで自作の弾き語りをして周囲を驚かせた。高校に入っても、音楽熱は止まない。「オレ、ミュージシャンになる」とはっきり自分の進路が見えてきた。

 高校2年の時、井上陽水、吉田拓郎、泉谷しげる、小室等といった当時人気のフォークシンガーが設立したレコード会社「フォーライフ・レコード」の新人オーディションに応募、結果は不合格となったが、彼の人の心を打つ歌唱力に吉田拓郎が興味を持ち、青山学院大学入学と同時にプロデビューを果たした。

 ちょうど、歌番組が隆盛を誇っていたころとあって、毎日、テレビ局の歌番組やステージなどに出演していた。「自分自身、どうなっているのかわからなかった」と所属プロダクションの決めたスケジュールで動いていた。18歳の少年はあっという間に「超人気スター」になってしまった。

 「こんなの自分が目指した音楽ではない」とデビューしてから3年目に独立、「クライシス」(現エアーフィールド)を設立した。

 「ボクの目指したい音楽は、地球全体のやさしい気持ちがテーマなんです。自分でしか出来ない音楽をやりたかった」。

  その後は、コンスタントに自作を発表、50枚以上のアルバム・シングルをリリースしてきた。また、松田聖子などのミュージシャンにも楽曲を提供してきた。特に04年にプロデュースした松田聖子のアルバム「Sunshine」(サンシャイン)は、初登場でいきなりヒットチャートインするなど話題を集めた。

 原田真二に大きな変化が出たのは、00年から「心の環境問題」を訴える環境チャリティー「鎮守の杜コンサート・ジェントルアース」をスタートさせてからだ。これまで明治神宮、伊勢神宮など全国14か所の神社でコンサートを行っている。現在では、環境省、神社本庁の後援を得て、日本各地に実行委員会が立ち上げられ、05年2月にNPO法人化された。

 「自然環境、社会環境全ての源となる心の環境を取り戻そうという活動なんです。ひとりひとりやさしい気持ちを持っていれば、世界は平和になるんです」と力説する。

 06年8月、マンハッタンで宗教を越えた平和祈念集会が催された。105丁目にあるニューヨーク本願寺(中垣顕實住職)で、鎮魂の鐘を鳴らし、黙祷を捧げた。原田真二もその中にいた。原爆50周年に作詞作曲したという「ヒロシマから始めよう」を熱唱、他のシンガーとともに反核を訴えた。このニューヨークでの活動は日本の新聞にも大きく取り上げられた。「おかげで、台湾、香港、中国からも平和イベントの企画が持ち上がってきたんです」という。

 また、07年10月には国連で行われた、長崎被爆をテーマにしたアニメ映画「アンゼラスの鐘」の試写会で、世界中が手を握り、愛のハーモニーを歌おう」と語りかけた新曲「大和」を国連学校の生徒や国連関係者の前で披露した。

 「大和をきっかけに大きな和を広げ、助け合う心を世界中に届けたい」と話す。
 これからは、自分の曲を英語バージョンでリリース、インターネットでCDを発売していきたいという。また、ピースコンサートも時間の許す限り続けていく。