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よみタイムVol.79 12月21日号
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よみタイムVol.79 12月21日発行号 年末年始特別号

偉大な化学者は好々爺の先生
文化勲章授賞のコロンビア大学
中西香爾(なかにし・こうじ)名誉教授
天皇陛下に2度も拝謁

07年度の文化勲章をニューヨーク在住のコロンビア大学名誉教授・中西香爾(こうじ)先生(82歳)が受章した。ノーベル賞の時期になると、毎年のように名前が上がる偉大な化学者。だが、実際、会ってみると、やさしくて、気さくで、しゃれっ気たっぷりの好々爺の先生。コロンビア大キャンパスにある研究室でたっぷり話を聞いた。


 「文化勲章受賞の電話連絡があったのは、10月の初旬。文化功労賞いただいた人はもらえるらしいんだけど、僕、そういうのよく知らないから、へぇーってね」びっくりしたという。

 記者発表が10月23日。泰子夫人と日本に発ったのは10月30日だった。授賞式があった11月3日と翌4日の午さん会と2度宮中へ。 授賞式には、他の4人の受賞者(発生生物学者の岡田節人氏、彫刻家の中村晋也氏、法学者の三日月章氏、狂言の茂山千作氏)とともに宮中に参内し、天皇陛下から直接文化勲章を手渡された。

 「陛下がね、僕に、あなた前に恩賜賞もらわれたんじゃないですか、と聞かれたんです。覚えておられるはずはないと思うけど、いや驚きました」。「それとね、夫婦で出かけてるのに一緒じゃないんです。奥方たちは控え室みたいなところで、陛下には拝謁できないんです。伝統なのかも知れないけど、変なもんだね」。

 アメリカでの反応は、「アメリカ人には文化勲章の意味はほとんど知られていませんが、皇居に2度招かれたというと、皇室に弱いアメリカ人の態度ががらり変わるのが面白いですね」。

 中西香爾博士は、天然物科学者、有機化学者として世界的な権威で、これまでにも学士院賞、恩賜賞、全米科学アカデミー化学賞、ウェルチ化学賞など、また99年に文化功労賞、02年には、中東のノーベル賞とも言われる「ファイサル賞」を受賞するなど目ざましい活躍を続けている。

 一般に知られているのは、イチョウ葉エキスの有効成分の研究で、中西博士が化学構造を解明した。いちょう葉エキスは脳の中でも記憶をつかさどる海馬(かいば)に直接働きかけ記憶力の維持(改善ではない)、アルツハイマー病の進行を止めるのに有効と言われてきたが、このほど初めて科学的に証明され、間もなく発表されるという。博士は、これまでに約200種類の生理活性物質の構造決定(いわゆるカメの子化学式)をしてきた。また、それらの物質が人間をはじめ動植物の生命活動にどのような影響を与えるかを明らかにすることを専門としている。研究論文は八百を超え、ユーモア溢れる英語による自伝「A Wandering Natural Products Scientist」(さまよえる自然生成物科学者)を含む著作は9冊にのぼる。

 中西博士は父親の仕事の関係で生まれは香港。名前の漢字の由来もそこにあるという。その後、リヨン、ロンドンと周り、小学校入学はエジプトだった。小学校4年の時に、日本に戻り芦屋の山手小学校に編入学。

 日本語はあまり話せなかったので、ひと月かかる帰国の船上、心配する母親が当時の小学校国語読本「ハナ ハト マメ マス」を使って息子の国語力の特訓をしたという。

 兵庫県の名門私立甲南高校を卒業後、教練の成績が響いたのか東大進学に失敗、名古屋大学に入学する。しかし名古屋大学への進学がその後の人生の方向性を決定付けるものになった。

 父親は「人間万事塞翁が馬」(幸福や不幸は予想のしようがないという意味)と評した。

 「東大に行ってたら応用科学でもやって大きな会社に入って今ごろは引退してたでしょうね」。

 名古屋大学で平田義正教授と出会い「天然物化学」の研究を始める。「ずっと前に朝日賞ってのもらったんですけど、それは草木から昆虫の変態ホルモンを発見したんです。僕らが見つけるまでは、そのホルモン1ミリグラムで100ドルくらい。僕らは台湾の山奥で、ある種の植物を採取してそこからとれたのは、何と10グラム、今だったら、会社興せたなぁ」と笑いながら残念がる。

 あとは、赤潮の毒や、ヒラメが出す物質から作る鮫よけの研究などもユニークだ。鮫よけ物質の研究は米国海軍からも関心を寄せられたテーマだったが、あとで台所の逆性洗剤が同じ効果を持つ、ということがわかり海軍からは肩透かしをくらう結果となる、笑い話のオチがついたと博士は今でも可笑しそうに回想する。


50年におよぶ講義人生
アマゾンに研究所建設企画


 この4月、講義からはすっかり引退し、50年におよぶ講義人生に幕を引いた。

 「僕、本音を言うと講義があんまり好きじゃなかったの、皮肉だけど。でも50年講義する人あんまりいないです」。アメリカに来る直前の東北大学時代は、合理的に進めるため大学院での講義は英語で行った。「東京オリンピックのころで珍しく学生の評判は良かった。当時を覚えてる人から今でも言われます」。

 69年からコロンビア大学で研究生活に入り、アメリカ生活は38年になる。
 「学者としては今は日本の方がやりやすいの。アメリカはブッシュ政権になってから滅茶苦茶。日本は大学や研究機関が昔と違ってとても民主的になったし、政府も資金を出してくれる」。

 「今、僕が50代くらいで、どこかの大学が帰ってこないかって言ってきたら、すぐにでも行っちゃうね。でも家内が言うの、Everything is too late !(もう遅すぎる)」だって」と茶目っ気たっぷりに笑った。

 よき指導者としても知られる中西博士の門下生たちは、現在みな研究の第一線で活躍している。コロンビア大学からは、80年に、センテニアル プロフェッサー(100年に一度しか現れない希有な才能の教授)の称号も与えられている。

 「今ね、アマゾンのマナウスのさらに奥地に、仲間の学者たちと大きな研究所建設を計画しているんです、現在資金調達中です。アマゾンの貴重なジャングルがニュージャージー州ひとつ分くらいずつ毎年失われてるんです。石油に変わる燃料のエタノール用に熱帯雨林がトウモロコシ畑に変わっていく。アマゾンはね、1枚のタバコの葉が家の壁くらいあって、1メートル近いミミズなんかがいて、まだまだ未知の自然の宝庫なんです。密林の伐採を止めさせること、それとあそこで新種の生物や微生物を発見すること、これが主な目的なんです。例えばね、ゴミ溜めのスイカの種から新種の微生物を見つかり、それが抗生物質を出して医療に効くというので、その研究所には特許料として年間20万ドルが入ってくる。エタノールもいいけど、こういう可能性がまだまだ熱帯雨林にはあるのに」と博士は嘆く。

 お茶目な博士はマジシャンとしても有名で、授賞式や学会発表などの場で、巧みな技を披露しては、観客を喜ばせているという。

 泰子夫人と2人暮しだが、長男、長女、3人の孫たちも近くにおり、元気一杯の現役学者だ。最近になってようやく研究室のスタッフに「日曜日は来なくてもいいよ」とお許しを出したという。

(塩田眞実記者)