2017年05月12日号 Vol.301

浮世絵に見るトランスジェンダー
江戸時代の多様な性文化
「第三のジェンダー:浮世絵に描かれた若衆」展


展示風景 Photo by Richard P. Goodbody


Hosoda Eisui (active 1790–1823) . Wakashu with a Shoulder Drum, late 18th-early 19th century
Courtesy of the Royal Ontario Museum, ©ROM


Attributed to Utamaro School, Woman and Wakashu, ca.1790s
Courtesy of the Royal Ontario Museum, ©ROM


久々に帰省した日本で、「すべての人々用(for everyone)」と書かれた公衆トイレに出くわした。そうか、ユニセックス(男女共用)かと合点がいったが、いまの時代、男女の区別は単純ではない。折しも性同一障害の学生が使うトイレや更衣室の問題が取沙汰され、トランスジェンダーやLGBTQといった、持って生まれた性別とは別の社会文化的な性差(ジェンダー)を公にする人々が増えている。このトイレは、まさにすべての人々に開かれたインクルーシブなそれだったのである。

こうした状況の中、タイムリーで興味深い展覧会が、ジャパン・ソサエティー(JS)ギャラリーで開催中だ。
時は江戸時代、手法は浮世絵。そんな日本の伝統美術に表現された、男でも女でもない「第三のジェンダー」としての若衆の存在にフォーカスした展覧会である。若衆とは、年の頃15歳から20歳、元服前の美少年であり、衆道(男色)の相手もすれば、成人女性の性の対象になったともいう。
ギャラリーの第一室に登場するのは、「柱絵」と呼ばれる細長い画面の浮世絵だ。このフォーマット自体、目を惹くが、アヤメを活ける若侍のしなやかな手つきや、着物の前をはだけた扇売りの媚びたポーズなど、普段馴染みの浮世絵にある美人画や風景画とは一味違う情景に思わず引き込まれてしまう。作者とされる歌川豊広や菱川師保ら、絵師の名前も新鮮だ。また、江戸時代のブロマイドともいうべき大首絵を得意とした細田榮水による鼓を打つ若衆の姿は、淑やかな気品に溢れ、女性像と見紛うほど。
実際、娘たちの道行きや稽古の場面には、振袖姿の若衆も登場する。が、よく見れば腰に刀を差していたり、髷を結った頭のてっぺんが一部剃り落とされていたり。ちょっとした表現の中に男女を見分けるポイントがある。成人男性の月代(さかやき)に対して、前髪部分が残っているのも元服前の少年を表している。いずれにせよ、こうした若衆の姿にあるのは、実在の人物ではなく、無垢な美少年に対する憧れやファンタジーだ。手に入れたいというその欲望は性愛の対象ともなり、春画を含めたさまざまな表現に残されている。
今展の見どころも、繊細可憐な美人画で知られる鈴木春信や、春信亡き後に活躍した礒田湖竜斎ら、江戸中期の浮世絵師が描いた若衆と女人の逢瀬や絡みの場面だろうか。中でも、淡い色彩の中に着物地から竹垣まで実に仔細な柄模様を刻む湖竜斎の浮世絵は、その美しさとモダンさ故に一見の価値あり。また、春信の「風流座敷八景」からの1点や、北尾重政の笑本「貝づくし」も登場する。若衆に流し目を使う若い娘やしなをつくる娼婦、若衆に襲いかかる(!?)年増女など、老若問わず「肉食女子」の江戸時代を連想させる女性上位のシーンが見ものだ。
展示の後半では、若衆歌舞伎に端を発する女形や、若衆に扮した芸妓の例、女装の男娼など、現代のクロスドレッシングにしてトランスジェンダーのいろいろが、当時の芸能や風俗の世界を背景に紹介されている。また、西行法師の和歌など古典をベースにした「見立て絵」の中には、敢えて男女の役割を逆転させた描写もあり、知る人ぞ知る風流の世界が広がっている。
今展は、昨年、カナダのロイヤル・オンタリオ博物館で開催され、大評判を集めた展覧会の巡回であり、展示作品も同館が所蔵するエドムンド・ウォーカー卿の浮世絵コレクションが中心になっている。もとより、ウォーカー卿が若衆のテーマで集めていたわけではない。が、「教科書に書かれていない事項に興味がある」と、敢えてこのテーマに挑んだのは、フォーダム大学の日本美術助教授で、2014年から2年間、同博物館で研究員を務めた今展のゲスト・キュレーター池田安里(いけだ・あさと)だ。
JS展では、展示空間を一新。格子戸を思わせる間仕切りや壁面の開口部など、覗き、覗かれるような秘めやかな設えの中に、江戸屋敷か吉原か、過去に一足飛びの静謐な空間を生み出している。JS展の流れや各作品の解説を担当したのは、当館キュレーターのマイケル・シェニョだ。今展は、ジェンダーといういま注目の切り口ですでに馴染みの浮世絵の世界に目を向け、多様な文化や時代の再発見を促している。時代考証を紐解く面白さに溢れた、画期的な浮世絵展だ。(藤森愛実)

A Third Gender: Beautiful Youths in Japanese Prints
■6月11日(日)まで
■会場:Japan Society Gallery
 333 E. 47th St.
■$12、学生/シニア$10
 入場無料:金曜6-9pm
www.japansociety.org



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